日本一周by自転車

定年退職を機に、「もっと日本のことを知りたい」との思いから日本一周に挑戦。
4,800kmを走ったところで事故にあい負傷。
一度、心に決めた目標は絶対に達成する!!
2年後、「北海道開拓の歴史をたどる旅」をテーマとして再チャレンジ!
2008年10月遂に日本一周を達成。
夢はまだ続く。
新しい目標は、自転車で旅をしながら郷土の歴史を調べる。
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2017年十勝の旅(その1)

JUGEMテーマ:旅行

2017年十勝の旅(その1)
【十勝入植玄関の地・大津からスタート】


「8月22日(火)」
々堝阿粒詰廖
 自宅〜札幌駅発 「スーパーおおぞら1号」 帯広駅着・発 ローカル線 新吉野駅着 新吉野〜大津〜R336〜湧洞〜晩成
⊇佝時刻(自宅):06:00
L榲地到着時刻:15:30
そ蒜顱Д札レイ館
チ行距離:49km
ε係:雨
旅の記録
 昨日の天気予報では22日の天気は一日曇りであったのに、今朝起きて出発準備をしていたらポツポツと雨が降り出した。ネットで最新の天気予報を確認したら、これから向かう、十勝の天気予報は午前中曇りで午後から雨のマーク。「何なんだ」とつぶやいてしまった。
 近くの地下鉄駅まで車で送ってくれた妻に「天気が悪いから止めれば」と言われ、逆に発奮する。
 JR札幌駅07:00発釧路行きの特急「スーパーおおぞら」で帯広へ、09:24帯広着。

 「乗車中の輪行バック」

 「帯広駅」

 

 「仙台から来た大学生」

 

 「豚丼の店の壁に書かれていた」

 「開拓のはじめは 豚と一つ鍋」依田勉三が詠んだ句である。

 

 そこから各駅停車に乗り換え十勝川河口近くにある「新吉野」駅に11時18分に到着した。

 

 「釧路行普通列車」

 

 「新吉野駅」

 

 当然新吉野駅は無人駅で、駅前の両側に数件の家が立ち並んでいたが人の気配はまるきりなかった。
 この駅が実質的な旅のスタートで、自転車の組み立てを終えて12:00に出発をした。先ずは、15km程南に下ったところにある十勝川河口の町「大津」に到着。

 

 「十勝川河口」

 

 「十勝川河口橋」

 

 「大津の町」

 

 そこからサケ釣りの竿が延々と続く海岸線を湧洞湖に向けて走り、生花苗というところに到着した。

 

 「サケ釣りの竿の列」

 

 「湧洞・豊頃の標識」

 

 「生花苗」

 

 この場所は、今回の旅の目的の一つである「依田勉三が創設した晩成社の二度目の入植地である」

 「晩成社集落の図」

 

 「依田勉三の住居(復元)」

 「現在の牧場の風景」

 「牧場の牛」

 

 依田勉三とは帯広開拓の祖と言われている人物で、伊豆松崎で結成した晩成社の同志13戸27人を率いて明治16年5月に帯広に入植、翌明治17年に生花苗に再移住。過酷な状況にもめげず開拓に励み、今日の帯広・十勝発展の基礎を築いた。晩成社が最初に入植した場所でもある中島公園に依田勉三の銅像が建っている。
新吉野からここに来るまで約2時間半は雨に降られぱなしであった。時には強く降る時もあったが、走行に支障を与えるほどのものではなかった。
 今日のお宿の「セキレイ館」には15:30に到着した。普通の農家の建物をそのまま宿にしたような造りで、横手には元々家畜小屋だったのか?車庫を兼ねた物置小屋があり、そこに自転車を格納し濡れた衣類を干した。そして、16:00過ぎごろ館に入った。私が一番乗りで、そのすぐ後に、大阪から来たサイクリング部の大学生、そして、同じく大阪の女性ライダーが到着した。
17:00、近くにある晩成温泉ツアーがあり、宿の主人が運転する車で送迎してもらった。中々いい湯で、雨に打たれ疲れ切った体を癒した。
 風呂仲間3人を含め7人の旅人が、この日に宿泊した、その内、5人がサイクリング、1人がライダー、1人はサイクリングの付き添いとうメンバーで、夕食時、食後の会では旅行談義で盛り上がった。
この場所(晩成)は、丁度、襟裳から広尾、大樹、厚内、白糠、釧路へ抜けるルート上にありライダーや、チャリダーのメッカになっている。
 「セキレイ館」の主人はバイクを、奥さんは自転車愛好家で、旅人の交流を促すもてなしをしてくれた。ありがたい。

 

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