日本一周by自転車

定年退職を機に、「もっと日本のことを知りたい」との思いから日本一周に挑戦。
4,800kmを走ったところで事故にあい負傷。
一度、心に決めた目標は絶対に達成する!!
2年後、「北海道開拓の歴史をたどる旅」をテーマとして再チャレンジ!
2008年10月遂に日本一周を達成。
夢はまだ続く。
新しい目標は、自転車で旅をしながら郷土の歴史を調べる。
<< 【2016年越後〜信濃〜上野の旅】(その3) | TOP | 【2016年越後〜信濃〜上野の旅】(その1) >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | - | -
【2016年越後〜信濃〜上野の旅】(その2)
JUGEMテーマ:旅行
【2016年越後〜信濃〜上野の旅】(その2)

「5月9日(月)」
々堝阿粒詰廖
  出雲岬〜国道352号〜柏崎〜国道8号〜柿崎〜直江津
⊇佝時刻(出雲岬):05;45
L榲地到着時刻(信越本線犀潟駅):10:10
   その後、直江津周辺を散策し高田へ
   ホテル到着17:40
そ蒜顱Ч眦張拭璽潺淵襯曠謄
チ行距離:68km
ε係:晴れ
 
「旅の記録」
 今日は10:30分に直江津の手前5kmにあるJR信越本線の犀潟(さいがた)駅で地元直江津の郷土史家と待ち合わせをしている。出雲岬から約70kmでそれほど遠い距離ではないが、この時間までに絶対到着しなければならない。そんな事もあり5時45分に宿を出た。



「出発前の写真」

 暫く走ると北国街道の標識があり、旧街道であるその道を進んだ。



「北国街道」

 分け行って心躍った。そこは古いが街並みが延々と続いている。出雲岬の港まで2km近く続いていた。出雲は江戸の時代佐渡金山で産出された金・銀を陸揚げした港である。古い街並みが現在まで残っているのは、そのためであった。



「古い町並み」


「郵便局」


「神社」

 岬には道の駅があり、そこには『天領の里』とデスプレーさた標示があった。



「道の駅 天領の里」

 また、出雲は良寛和尚が生まれ育った地でもある。町の至る所に関係する史跡があった。更に、出雲は明治の中ごろ石油を採掘した地でもあった。そんなドラマテックな地が出雲岬である。



「良寛の生まれ故郷」


「出雲岬は石油産出の地」

 丁度、出雲岬にある道の駅に到着したとき、犬の散歩に来ている女性がいて、「今までの出雲岬という地名は知らなかったが、古い街並みが残る美しい地でとても感激している」と話したら、「嬉しいです」と喜んでくれた。そして、ここに来るまでに感じた幾つかの疑問をぶつけた。
岬には、沖に向けて一本の桟橋が伸び、展望柵へと続いている。多分佐渡島を眺めるために作られたのだろう。そして、その柵にはチェーンに繋がれた鍵が沢山かけられていた。



「海に伸びる展望柵」


「柵に繋がれた鍵付きのチェーン」

 さっきの女性に「何故?」と訪ねてみた。若いカップルがずっと結ばれていたいためにつけるのだという。なんとも怖い話である。
 その後は、国道8号線を柏崎〜柿崎と進んだ。
 柏崎は刈羽原発のあるところである。今まで走って来た古い町並みとは一転した。原発により発展していった町なのだろう。



「刈羽原発の遠望」


「刈羽原発ミュージアム」

 柿崎から先は途中海水浴場があったり、温泉があったりと、直江津まで街並みが続いている。そして、10:10に信越本線の犀潟駅に到着し、待ち合わせのY氏と合流した。
 このY氏は、今回の旅行の最大の目的であるエドウィン・ダンとその家族の人達の直江津で過ごした踏み跡を調べ るために事前に協力をお願いしていた人である。
 Y氏の軽ワゴン車の荷台に自転車を積み、ダンとその家族ゆかりの地を車で案内してもらった。
最初に行ったのが、ダン二番目の奥さんであったマヤさんの葬儀が行われたと言われる龍覚寺 と本敬寺。実は色々な説がありどちらの寺で葬儀が行われたかははっきりしていない。
 どちらのお寺でも住職さんが対応して下さり、親しくお話ができた。直江津の特徴は付近のお寺は全てが浄土真宗であること。親鸞がこの地に流された関係もあり浄土信仰が根付いたのだろう。



「龍覚寺」


「本敬寺」


「本敬寺の内庭」


「親鸞上陸の碑」

 その後、向かったのは、ダンが石油事業を行ったという場所で、現在の信越化学の敷地の中にある、ダンの家族とその従業員の住居があったという場所は信越化学の敷地内に含まれていた。



「信越化学の工場入口」


「石油を積み出したと言われる信越本線の線路と黒井駅」


「石油施設の搬入のために艀が往来したと言われる関川の支流保倉川」


「ダン一家と外国人従業員の住居があった場所」

 その後、ダンの子供達が通学し、ダンの次男であるジェームス・ダンが校歌を作曲したという直江津小学校等を案内してもらった。校長先生は不在で教頭先生に応対してもらった。



「ジェームス・ダンが作曲した校歌」

 また、直江津小学校にはジェームス・ダンが選定し同窓生により寄贈された高価なピアノが置いてある。当時のお金で3,300円(現在に換算するとその1万倍?)



「ベヒシュタイン」

 直江津小学校の学校だよりの名前は「ジェームス・ダン」であり、伝統を受け継いでいる。



「直江津小学校正門」

 更に、直江津・高田に来たのだからと上杉謙信の居城である春日山城跡、日蓮上人上陸地、福島城跡、会津藩士の墓地、戊辰戦争で戦死した薩摩・長州藩士の墓地、レルヒ中佐の像等時間の許す限り案内してもらった。



「福島城跡碑」


「春日山城」


「上杉謙信の像」


「会津藩士の墓」


「長州藩士の墓」


「薩摩藩士の墓」


「レルヒ中佐の像」


「金谷山からのぞむ直江津の街並み」

 Y氏には、今日の宿泊場所である高田駅前はまで送ってもらい、再会を願って別れた。

 
17:29 | 2016年越後〜信濃〜上野の旅 | comments(0) | -
スポンサーサイト
17:29 | - | - | -
コメント
コメントする