日本一周by自転車

定年退職を機に、「もっと日本のことを知りたい」との思いから日本一周に挑戦。
4,800kmを走ったところで事故にあい負傷。
一度、心に決めた目標は絶対に達成する!!
2年後、「北海道開拓の歴史をたどる旅」をテーマとして再チャレンジ!
2008年10月遂に日本一周を達成。
夢はまだ続く。
新しい目標は、自転車で旅をしながら郷土の歴史を調べる。
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【2016年越後〜信濃〜上野の旅】(その6)
JUGEMテーマ:旅行
 
【2016年越後〜信濃〜上野の旅】(その6)

「5月13日(金)」
  々堝阿粒詰廖
      富岡〜国道254号〜吉井〜児玉〜嵐山〜川越
  ⊇佝時刻(富岡):07:50
  L榲地到着時刻(川越):15:00
  そ蒜顱Ю遽杪莪譽曠謄
  チ行距離:88km
  ε係:晴れ

「旅の記録」
  今日は川越まで最後の走行。天気予報は最高気温25度と少し暑いが湿度なく北海道の初夏の気候で最高のコンディション。
  昨日富岡製糸場を見学した時、奥に見えた鏑川に掛かる橋が気になっていた。あの橋から製糸場を眺めてらどのように見えるか?
  朝食前、自転車の点検をかねてその橋まで行った。そして、そこから写真を撮った。



  「鏑川にかかる橋から眺める富岡製糸場の縁」

  その時、腰に着けているポシェットの口が開いており、中に入れていた老眼鏡を橋の欄干から川へ落としてしまった。「ああ〜と」ため息が出るのみ。眼鏡のケースはみるみる下流へ流れていく。ただ呆然と見送るのみ。
 
 

  「眼鏡が川の中に」
 
   朝、駐車場の置いていた愛車を確認したら、タイヤの空気が抜けていた。すぐに予備のタイヤと交換したが、メガネの件も重なり、何やら不吉な予感がする。
  そんな思いを抱きホテルを出発した。
 


  「ホテルの前で」

  正にその兆候がすぐさま現れた。走行を開始して5kmほど走ったところで、タイヤの空気が無くなっているのに気が付いた。そして、取って置きの新品のチューブに取り替えた。もう予備はない。最後の一日だけれど予備が必要だ。と、反対車線を見たら自転車屋の看板。こんなに早い時間に開いているだろうかと店に行ったら開いていた。店には、軽快車用のチューブが1本だけあった。
  これは「凶なのか?吉なのか?」
  朝からトラブル続きで、今日は安全運転に心掛けねばと心に誓い。そこで、以降は道路の状況をチェックしながら走ろうと決めた。
  碓氷峠を超え、昨日から群馬県内を走っているが、長野県側と群馬県側では補修の状態が違う。長野県側、新潟県の国道18号線は最悪で、以前にも記したが、アスファルトの表面が剥がれ小砂利が路側に散乱し、これが一級国道なのかと思いたくなる様なものだった。 群馬県側それほどでもない。今日走っている国道254線であるが、群馬県側と埼玉県側では、また、少し違う。埼玉県側は道路の建設時のお金をかけたのだろうか、歩道部分の植樹もなされていたりする箇所もあったが、今は草がぼうぼうでみる影もないところがある。



  「路側が無い」


  「路側は危ない」


  「なんでこんなところにバックミラーが」

 



  「歩道に作った花壇は草ぼうぼう」

  ところで、目を転じて地元北海道のことを言うと、最近の北海道の道路もガタガタのところが多い。昔、湯水のごとくにつぎ込まれた北海道開発予算が途絶えたせいである。
  高齢化が叫ばれ、医療、介護に税金を投入せざるを得ない現状では道路の維持・整備にかける予算は制限がかかるのだろう。最近はさらに子育てや福祉にも予算を回さなければならないご時世。国の予算は打ち出の小槌ではない。国が貧しくなれば道路はガタガタになる。
  今日は、国道254号線の標示を追いかけて走ったが、寄井の入り口でその数字がなくなった。変わって出てきた国道140号線の表示に暫く従ったが、次の交差点でも254号線の標示がない。不安になり元来た道を引き換えした。そして、地図を確認し、スマホの地図ソフトを開き現在地と地図の位置関係を見比べようとしたが、「ああ老眼鏡がない」。液晶の道路番号が読み取れない。この時に川に落とした眼鏡が効いてきた。途方に暮れ地図をにらみながら思案していたら、後から「どうしましたか?」と声をかける女性の声がした。
「二つ目の交差点を右に曲がり、次の信号を右に曲がると254号線の標識がある」と、天の助けであった。
  この女性の父親はブルベというサイクリングに打ち込んでいる人で、本人自身も200kmの走行をする様なサイクリストであった。
  それ以降の、走行は何の不安もなく予定より早く目的地の川越についた。
 


 

「川越の旧街道筋」
 
  今日・明日と川越で2泊し、5月15日成田発千歳行きの便で札幌の自宅に帰る。
  川越2泊は東京と埼玉にいる子供達に会うのと、東京でエドウィン・ダンの踏み跡をたずねるとともに東京在住の郷土史家と会うためである。
  自転車旅行は今日で終わる。
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