日本一周by自転車

定年退職を機に、「もっと日本のことを知りたい」との思いから日本一周に挑戦。
4,800kmを走ったところで事故にあい負傷。
一度、心に決めた目標は絶対に達成する!!
2年後、「北海道開拓の歴史をたどる旅」をテーマとして再チャレンジ!
2008年10月遂に日本一周を達成。
夢はまだ続く。
新しい目標は、自転車で旅をしながら郷土の歴史を調べる。
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2016年越後〜信濃〜上野の旅(旅を終えて)
JUGEMテーマ:旅行

【2016年越後〜信濃〜上野の旅】(旅を終えて)

「5月15日(日)」

  昨日(5月14日)は、東京におけるエドウィン・ダンの踏み跡の探索と、ダンのお墓にお参りをするため都心に向かった。
  川越から東武東上線〜山手線〜東京メトロ日比谷線に乗り継ぎ地下鉄広尾駅へ。



「広尾駅」


「広尾駅周辺」

  そこからは歩いて日赤医療センターや聖心女学校のある広尾ガーデンヒルズ一帯を散策した。
  この場所は、エドウィン・ダンが明治6年に北海道開拓使の農業技術者として日本政府に雇われ最初に赴任した場所で、開拓使の第三官園のあった場所である。江戸の時代は下総佐倉領主堀田家の下屋敷のあった所である。現在は樹木の生い茂る閑静な地域に高層住宅群が立ち並ぶ東京の一等地である。田舎から来たものには東京人のステータスの高さに嫉妬心さえ覚える場所である。



「聖心インターナショナルスクール」


「広尾ガーデンヒルズ」


「高層マンション群」


「堀田家当時からあった銀杏の古木」


「ガーデンヒルズゲート」


「日赤医療センター」

  そこから、さらに歩いて向かった場所は青山墓地である。この墓地には著名な人物の墓も沢山あるが、それらにはわき見も振らずエドウィン・ダンの墓をさがした。



「青山墓地南入口」

  エドウィン・ダンの墓は、南北に伸びる中央通りの北寄り、外国人の墓が集められた墓地の一角に二人の奥さん(ツル、ヤマ)の墓とともにあった。



「エドウィン・ダンの墓」


「ツルの墓」


「ヤマの墓」


「ダンとその家族の墓群」


「中央通り」


「青山墓地管理事務所」

  その後、ダンが晩年過ごしたと言う代々木付近を訪ねるため、青山墓地から青山一丁目まで歩き、そこから、大江戸線に乗り代々木まで行った。
  ダンが晩年過ごした場所は特定できていないので、小田急南新宿駅〜参宮橋駅付近の一帯を散策した。今までの訪ねた広尾、青山一帯とは正反対の入り組んだ小道が縦横に伸びる住宅地で、新宿、代々木の繁華街のすぐ隣にある場所である。ダンが生活した時代には新宿の繁華街は無く明治神宮前の森に接した閑静な住宅地であったのあろう?






「明治神宮の緑地」

  小一時間ほど歩き回ったが、この付近に住んでいる人達なのか外国人の姿が多くあった。今まで何度か東京見物はしているが、それは、東京、上野、新宿、渋谷、品川等、駅周辺の繁華街や観光名所であり、今回のように、さらに一歩踏み込むことがなかったので、今まで気が付かなかった東京の一面を見ることができた。
  その後、14:30に東京在住で直江津におけるエドウィン・ダンとその家族の人達の踏み跡を調査している方と代々木で面談した。小一時間ほどの時間であったが、真駒内の話、直江津の話、今東京で見聞したことなどを話題に話が弾んだ。
  そして、真駒内での再会を願い面談を終えた。
 
 今日は5月15日。
  成田から飛行機で千歳空港へ、そして、札幌の自宅に戻り旅を終える日である。
  移動中のバスの中、飛行機の中でこの旅を振り返っている。

「旅を終えて」
  私が住む札幌市南区の真駒内に『エドウィン・ダン記念館』という施設がある。この建物の原形はエドウイン・ダンが明治9年この地に牧牛場を開いた時に、その事務所として建てられたものが、その後、北海道の種蓄場へと発展して行く中で、数次の増・改築が行われ現在に至ったものである。
  この建物はエドウィン・ダンに関する歴史資料を展示する記念館となっている。そして、私のテリトリーの中にあり、時々館に顔を出す。
  昨年末頃、北海道JRの車内誌にエドウイン・ダン記念館のことが取り上げられていると仲間内で盛り上がった。このJR機関誌には『エドウィン・ダンの「日本愛」』と題したコラムか掲載され、その中に直江津でエドウィン・ダンが行った石油事業のこと、ダンの子供であるジェームスが直江津小学校の校歌を作曲したことなどを取り上げていた。
  今年(平成28年)は、ダンが北海道に赴任して丁度140年になる年である。
  この記念すべき年に、エドウイン・ダンと関わりがあった直江津とダンの墓がある東京を結びつけて自転車旅行をしようと計画した。経路としては、10年前の日本一周で走らなかった越後〜信濃〜上野を結びつける国道18号線とした。
  事前に直江津、東京在住の郷土史家とコンタクトをとり情報を得るとともに、ご当地での応対をお願いしていた。そして、お世話になった。

  今回の旅の一番の成果は、これら、ご当地でお世話になった人達と近しくなれたことであり、エドウィン・ダンという人物の歴史を通じ直江津と真駒内を結びつける架け橋の基を作ることができたことである。
  最近行っている東北の旅では北海道の開拓に関わりのある津軽、下北、南部をテーマとし、大きな成果を得ているが、今回は、自分が住んでいる町に直接関係のあるテーマを選んだことにより、より一層身近なものとして成果が残った。
  それと、副次的な成果としては、今まであまり関心を持っていなかった。越後〜信濃〜上野に至る戦国時代の歴史舞台に立つことができたことである。現地の山河をのぞみ、自転車で走ると少し見えてくるものがある。それは、地形眼というもので、この川の流れ、この山の起伏、この平地、この斜面、この川渕、この田畑、この山並み、等等がこの地の歴史と深くかかわっている。そんなことが分かったような気がした。
  今年の大河ドラマは『真田丸』で真田家の生き方を取り上げているが、真田家の盛衰をこの信濃という地とのかかわりから眺めると見えてくるものを感じた。
  戦国時代の歴史も面白く、あまりレパートリーを広げすぎると大変ではあるが、自転車の旅を東北から関東、中部、北陸へと進めて行くと必然的にそれらの歴史がテーマとなってくる。
 
 自転車の旅はさらに楽しくなる。
08:04 | 2016年越後〜信濃〜上野の旅 | comments(0) | -
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