日本一周by自転車

定年退職を機に、「もっと日本のことを知りたい」との思いから日本一周に挑戦。
4,800kmを走ったところで事故にあい負傷。
一度、心に決めた目標は絶対に達成する!!
2年後、「北海道開拓の歴史をたどる旅」をテーマとして再チャレンジ!
2008年10月遂に日本一周を達成。
夢はまだ続く。
新しい目標は、自転車で旅をしながら郷土の歴史を調べる。
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2015年三陸の旅パート1
JUGEMテーマ:旅行
「2015年三陸の旅」
 
旅の経路


 
その
 自宅から仙台へ移動
 仙台〜石巻へ 

5月27日(水)
々堝阿粒詰廖
    自宅〜バス〜千歳空港(09:00)〜ANA4802〜(10:10)仙台空港
    仙台空港〜県道10号〜国道45号〜塩釜〜松島〜石巻
⊇佝時刻: 06:20
L榲地到着時刻:17:15
そ蒜顱Д汽鵝Ε侫.鵝Ε凜レッジ
チ行距離:79km
ε係:晴れ

「旅の記録」
  妻に車で送ってもらい自宅近くのバス停へ、そこでバスに乗り千歳空港へ。09:00発仙台空港行きのANA4802便に搭乗し仙台に着いた。
  自転車を飛行機に積み込むのは今回が初めてである。携行工具は危険物と見なされ機内に持ち込めず輪行バックの中に詰められて貨物室へ、潤滑オイルは可燃物であるため、それも叶わず没収されてしまった。
  仙台空港には予定どおり10:10に到着。空港で自転車を組み立て、所要の準備を行い11:10スタートした。


「仙台空港に到着」

  空港の敷地を出て直ぐのところに貞山掘と呼ばれる小川があるが、そこに架かる橋は傷ついたままで、この時はじめて津波の爪跡を見た。


「壊れたままの橋の欄干」

  空港から県道10号線を少し北に向かった名取川右岸に廃校となった閖上小学校があった。そこには人の気配はなく、校門脇に津波の当時の記録が遺されていた。


「閖上小学校の校舎」

 名取川を渡ると若林区の荒浜地区で、2011年3月11日の夕方のニュースで田畑を飲み込む様に津波が押し寄せる光景が映し出された場所である。
  この付近一帯には家屋がなく、県道10号線の東側、海岸よりの農地は荒れたままの状態で工事用の工作機械が作業をしていた。それは、県道10号線の嵩上げ工事をするための様であるが、さほど工事は進んでいない様子であった。


「かさ上げ道路の高さの基準」

  今回の旅は、4年前の津波で甚大な被害を受けた三陸沿岸を敢えて選んだ、そこには少々の葛藤があったが、やはり自分の目で確かめておきたかった。被災された方の心痛を思うと訪ねるべきではないのかもしれないが、メディアでは取りあげない、現実の姿も知っておきたいと思った。しかし、私の立場は旅行者であるので出来るだけ行動は慎重を期したい。
  仙台空港から塩釜までの県道10号線は大型車両が両車線を埋めて走行しており車道を走ることは出来なかった。歩道も震災以来ほとんど整備をされていないのか、砂櫟が散らばっており走りずらい。塩釜には13:35に到着した。仙台空港から30km走るのに2時間半近くのかかっている。



  少し心配になってきた。やはり、この地は物見遊山で来る場所ではないのかもしれない。
  この時、途中で経路変更、旅行自体の断念も考えた。
  塩釜の役場に立ち寄り玄関ロビーまで立ち入ったが、掲示板には復興計画と、その状況が掲示されていた。
  ところで、空港で没収された自転車用オイルを手に入れなければ、ネットで検索したら東塩釜駅の裏手に自転車屋があったので、オイルを購入するため、その自転車店に入った。しかし、店主は外出中で不在。オイルは購入できず。お母さんなのか、「このオイルなら使っていいよ」との好意に甘え少々拝借した。
  松島には14:30に到着した。ここは、観光客で賑わっていた。松島湾はそれほど大きな津波が来なかった様で爪痕は何も残っていなかった。観光地巡りに来たわけではないので松島でゆっくり見学をすることはなく、そのまま、石巻を目指した。
  石巻には16:00頃に到着したが、町の中は津波などなかったかの如く平常であった。しかし、石巻港周辺は今も津波の爪痕が残る。瓦礫の山、流出された船、車が今も残っていた。






「石巻港周辺の状況」

  塩釜も、松島もそうであったが、被災地と雖も街中は津波など無かったかのように活気が戻っていた。そして、住民の高台移転とよく言われるが、海岸近くにも新築された家屋があり、被災のリスクがあってもそこに生活をしなければならない人も多いのだろうと推察した。石巻は漁業の町であり沿岸からはなれて生活をするのが難しいのだろう。
  今日の宿はサン・ファン・ビレッジというところで、災害復興に携わる人達の為にたてられたプレハブの宿泊施設で最大宿泊人員は250人あると言う。駐車している車のナンバーを確認したが北海道からも数台あった。仕事のあるところには人は集まる。南の地区からは京都、三重からの車もあった。
  今日は仙台空港の近くでは自転車で走ることに危険を感じたが、石巻に近づく頃には車の数も減少し、これなら、明日からも走れそうである。

 
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