日本一周by自転車

定年退職を機に、「もっと日本のことを知りたい」との思いから日本一周に挑戦。
4,800kmを走ったところで事故にあい負傷。
一度、心に決めた目標は絶対に達成する!!
2年後、「北海道開拓の歴史をたどる旅」をテーマとして再チャレンジ!
2008年10月遂に日本一周を達成。
夢はまだ続く。
新しい目標は、自転車で旅をしながら郷土の歴史を調べる。
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上湧別兵村を後に
JUGEMテーマ:旅行

2010.6.11
「上湧別兵村を後に」

発信地:丸瀬布
今日の行動:朝の湧別港、上湧別屯田兵入植地を走行、丸瀬布へ移動

 

日本の東端に近い湧別の地では日の明けるのは早い。3時にもなると空は薄
なるくなる。

車のドアを開けたら、夜が明ける直前の空には雲ひとつない。ならばと、車のエンジンを

かけ、昨日の「屯田兵の踏み跡をめぐるサイクリング」開始の場所、湧別港へ向かった。

上湧別チュウリップ温泉の駐車場から湧別港までは、ほんの10〜15分。到着した時のオ

ホーツクの海は夜明けの儀式直前であった。

 

 




日の出を待つこと約20分間。

オホーツクの海から上る太陽を拝むのははじめてである。



 

 



2年前北海道一周をしているとき、枝幸の近くにあるキャンプ場で日の出を見るチャンス

があったが、ほんの数分間の差で見逃してしまった。

 

今日は上湧別最後の日である。昨日、自転車で隈なく走っており、残っているのは、屯田

兵ゆかりの神社である上湧別神社に顔を出すことと、「上湧別ふるさと館JRY」の学芸員

と話を交わすことだけである。

その前に、朝の風景写真を数枚撮った。

 

 



 









 




アポを入れていた10:00に社務所に顔を出したら、3世の方もこられており、屯田兵

という題材で話が盛り上がった。一番興味深かったのは、給与地の良否により定着率に差

ができ、北兵村に入植した者の多くは土地を手放し他の地に移った。それらの者のうち消

息のわからなくなっているものが多い。と言うこと。

1時間半ほど色々話をした。

 





「上湧別中学校構内にある中隊本部の碑」

その後は、今回の上湧別滞在でお世話になった。「ふるさと館JRY」の学芸員であるNさん

と屯田兵の歴史を受け継ぐためには、如何に?ということで意見を交換した。

上湧別も昨年湧別町と合併し、屯田兵一本で歴史を語ることが難しくなったようで、北見

の問題点(北見は屯田兵だけが作ったのではない)が上湧別でも現実のものとなりつつあ

る。

 

昼頃、上湧別を後にし、今日のベース地丸瀬布に向かった。

 

「上湧別ふるさと館JRY」に掲示してある屯田兵へ応募した動機の中に「傾いた家を建

て直すために」「分家する代わりに」「小作の苦しみから逃れるために」があった。

 また、この様な記述もあった。「漁業に携わっていた父親が農業をやりたくて、その子供

に志願させた」と。

明治維新から30年、列強諸国に追いつけ追い越せ、富国強兵、生めよ増やせよと叫ば

れていた時代、その国の農・漁村に住む人々にとって生計を維持するための苦労がこの言葉に表されているようで、北海道へ移り住んだ多くの人達の動機はほぼこれに近いのだろう。

現在の上湧別はチューリプの里と呼ばれ、シーズンになると多くの観光客が訪れるが、

この3日間の滞在で、よそから来た人に優しく接してくれる地であると感じた。

 3日連続、チュウリップ温泉に浸かりレストランで食事をしたが、顔見知りとなり気軽に声をかけてくれたし、チュウリップ畑でトラクターを運転していた人に声をかけたら親しく会話を交わしてくれた。また、屯田兵子孫の会に参加した時に言葉を交わした人達の日焼けした顔に白い歯がこぼれる笑顔がまぶしかった。

 

ちょっと世辞ぽいが、お世話になったお礼の意味を込めて。

04:19 | 屯田兵の踏み跡をめぐる | comments(2) | -
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コメント
私は湧別屯田兵の家族として入植した弟の子孫です。屯田兵入植時に開校した学校について調べています。上湧別小学校の前進は北湧校として、4中隊と5中隊合同の学校として設立されました。端野・野付牛・相ノ内は各中隊毎に学校が建てられましたが、北湧校は4中隊5中隊も学校用地が確保されていましたが距離が近かった事から中心地の現チューリップ公園に高等科併設の学校で当時網走管内では網走に次ぎ2校目でした。今は場所も移り上湧別小学校となりましたが児童と接する機会が年に数回有り学校の歴史や町の歴史を話しています。
町史や学校記念誌やインターネットで検索した資料を基に話しています。今後とも各地の多くの資料をネット公開していただくようお願いします。 学芸員のNさんは北湧校時代の明治35年に児童出席優秀で北海道長官より頂いた名誉旗調査のために木古内町まで同行していただきました。又当町の副町長は上湧別小学校の同級生です。貴殿の益々健康で各地探求を出来ることを願っています。
2013/01/20 9:45 AM by 梶原秀喜
梶原様へ

書き込みありがとうございます。
学芸員のNさんとは、もう、5年来のお付き合いで、上湧別へ行くたびにお世話になっています。非常に熱心な方で、いつも励まされています。
私は、現在〜将来のセカンドライフのテーマを屯田兵と北海道開拓の歴史を調べることとし、道内各地を訪ね歩き(自転車ですので走りですかね)ながら、調査活動をしています。
やれば、やるほど興味が深まってきております。湧別に関してもまだまだ知りたいことが沢山あります。
これから宜しくお願いします。

そんな、調査活動を「屯田兵と北海道の開拓」(http://tonden.blog.ocn.ne.jp/)
というHPで紹介しています。まだ作成途上ですが、ご覧になって頂ければうれしく思います。
2013/01/21 5:51 PM by テツ
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