日本一周by自転車

定年退職を機に、「もっと日本のことを知りたい」との思いから日本一周に挑戦。
4,800kmを走ったところで事故にあい負傷。
一度、心に決めた目標は絶対に達成する!!
2年後、「北海道開拓の歴史をたどる旅」をテーマとして再チャレンジ!
2008年10月遂に日本一周を達成。
夢はまだ続く。
新しい目標は、自転車で旅をしながら郷土の歴史を調べる。
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スペイン旅行からの帰国
今回のスペイン旅行は、マドリード〜トレド〜コルトバ〜グラナダ〜ミハス〜マルベーリヤ〜ロンダ〜セビリヤ〜バルセロナと、ごく一般的なルートを巡る8日間のパックツァーの旅であったが、予期した以上にすばらしいスペインを見分することができた。

ちょっと スペインの歴史を
スペインのあるイベリア半島は、ヨーロッパの西端、地中海への出入口であるがゆえに、古くから、多くの民族が侵入を繰り返してきた。
(歴史上、舞台に登場する以降)
○ 第2ポエニ戦争に勝利したローマは、BC19年〜5Cにかけてイベリア半島を統治
○ 6Cはじめ、ゲルマン民族の大移動でイベリア半島に侵入してきた西ゴート族は、すでに衰退しかかったローマを制圧し、6C〜8Cはじめにかけて、トレドを首都とした王国を建設し、国教をカトリックとした。
○ 711年西ゴート族の内乱に乗じ、北アフリカからイスラム教徒が侵入し、コルトバを首都としたイスラム国家の支配下に置かれる。しかし、キリスト教に対する弾圧が行われず11C頃まで中世ヨーロッパの中心地の一つとして繁栄、その時、コルトバの人口は100万人近くいたと言う説がある。(70万人程度との説が正しい様?)
○ 11Cから15Cにかけて、キリスト教徒による国土回復運動(レコンキスタ)が行われ、15C末、キリスト教がイベリア半島を制圧
○ 1492年、イスラム最後の砦「グラナダ」を落とした王女イザベラの時、コロンブスがアメリカ大陸発見
○ 1519年、レコンキスタを完了し、国家統一を達成したスペインは、カルロス1世(神聖ローマ帝国カール5世)の時、大帝国を完成
○ 大航海時代「太陽の沈むことのない大帝国」
○ 1588年の無敵艦隊の敗退、スペイン継承戦争、ナポレオンの台頭、米西戦争の敗退等により衰退の一途
○ スペイン内戦からフランコによる独裁
○ EU加盟、EU通貨統合を経て経済的に急速に繁栄

その歴史がゆえに、キリスト教とイスラム教とが融合した文化遺産が多く残る独特の国(世界遺産の数は38を数える。)

建造物
グラナダにあるイスラム国家の最後の砦「アルハンブラ宮殿」



防衛上の要衝トレドにある大聖堂「カテドラル」
西ゴートの王により建てられ、イスラム支配下でメスキータに改修、更にカテドラルに改修


コルトバにある世界最大級のモスク「メスキータ」、内部はキリスト教の大聖堂に改修



セルビアのカテドラル
イスラム支配時代のモスクを基礎として建てられたバチカンの「サン・ピエトロ大聖堂」ロンドンの「セント・ポール大聖堂」と並ぶ世界3大カテドラル


バルセロナのサクラダ・ファミリア
ガウディが設計し、100年以上を経た今、まだ建設中、2020頃に完成を予想?
スペインにある建造物は、その多くが完成までに百年単位の歳月を要していると言う。


ロンダのヌエボ橋
ロンダは、イスラムの支配時代には、キリスト教徒軍を拒む頑強な自然の砦であった。
ヌエボ橋は、18Cに作られた石橋で、ヌエボ橋とは「新しい橋」を意味する。


絵 画
時代の権力者が、芸術・文化を重んじたこともあり。スペインには多くの美術館、博物館がある。これらの所蔵品は、今迄、王室、教会などが所蔵していたものである。
今回旅行では、マドリードのプラド美術館とソフィア王妃芸術センターにあるピカソ作「ゲルニカ」を見学した。
中学・高校の教科書に出てきた有名な絵画を直接この眼で見ることができたのは感激であった。
それも、日本のようにガラス越しではなく、行列の中で押されることもなくである。そして、その多くは、写真の撮影も可であった。


風 景
言葉で表すのは難しいが、中部の高原地帯は、一言で、たとえれば北海道にある「美瑛の丘」が何十キロから百キロも続いていると思ってもらえればいい。マドリード〜アンダルシア地方にかけてはオリーブと麦畑が延々と続き、アンダルシア地方に入ると、シェラネバタ山脈を中心とする山岳地帯が現れ、地中海に近づくにつれ、ひまわり、アーモンド、オレンジ畑が加わり、地中海沿岸では中・南米から持ち帰った熱帯系の樹木が植わっている。
丘陵の合間に白壁の家々の村が点在し、また、広大なオリーブ畑の中にポツンと白い家が建ち、そのまま、額に納めれば、絵画になりそうな風景である。


食 事
○ 人それぞれの嗜好があるので、なんとも言えないが、我輩個人としては、日本人の食感に合うのでは? と、感じた。そして、何でもが、オリーブ油であった。
○ 昼食1400から、夕食2000以降が常識には若干参った。
スペイン人は1日5食の食事をするらしい?(ある程度の年配の人は、ほとんど肥満体)

ホテル
○ Aクラスで申し込んだ。
外見、調度品等は、それぞれのホテルとも立派である。が、「アメニティグッツがそろっていない。」「バスタブの栓が完全に閉まらない。」「シャワーの排水の一部がトイレの壁から染み出る。」「ベットメーキングをしているのにシーツの間に毛布が入っていない。」等があった。

スペインの住宅
○ 1Fは、店舗、2F以上が住宅という作りがほとんどであった。
(ガイドさん曰く、これは、ローマ時代からの伝統)
○ 建物と建物の間隙が無い。横に長く伸びたアパート?
○ 全ての家にブラインドがあり、夜は全ての家がそれを閉め、日中でも多くも家は閉めている。(家の中が暗くて憂鬱にならないのだろうか?)
ブラインドは、ローマ時代からあり、暑さをしのぐためのものであったそう(ガイドさん曰く)
北海道には無い日本の雨戸、いつの時代からあるのか?スペイン、その以前のローマのブラインドとの関係は?



スペイン人
黒髪、ひげのアラブ系と思われる人、金髪のヨーロッパ系であると思われる人、中・南米の血が混じっているなと思われる人等、色んな人種が混在する混血の国
スペイン語ができず、あまり接触jをする機会が無かったが、買い物等で接してみて、親しみを感ずる人種であると思った。日本人に対してもそのように思っているように感じた。
そして、陽気であり、スペイン人同士、何やらよくしゃべっている。


ツァーの面々
今回、新婚さん6組を含め24名のツアー、ほとんどの人が、スペイン語が分からない事もあってか、日本人同士でコミュニケーションをする機会が多くあり、懇親を深めることができた。

機上から見る下界の風景
○ シベリア上空
人工物が何も無い白一色の世界、地隙だけが人工物の様な形を作る世界、凍りつく大地、何か不気味で恐ろしく感じた。そんな中、薄暮時、北極海に面した海岸にかすかな電気の明かりがあり、零下70度にも達する孤立した場所で、どのように人々は生きているのだろう?厳しさに立ち向かい生活する人間のたくましさを感じた。

○ アムステルダム上空
シベリアから南下するに従い、白一色の世界から、バルト三国、フィンランド、デンマークへと進み、少しずつ人工物のある世界へと景色が変化して行った、アムステルダム上空に差し掛かった時、区画整理が整然となされ農地、統制された家並が眼下に広がった。これを見て、社会資本の整備にかける国家としての考え方、一時は東インド会社を経営し、蘭学をもたらしたオランダと言う国の歴史的重みを感じた。

○ マドリード上空
PM10時頃、街路灯が町並みを醸し出しているが、なぜか家の明かりが無い?
後で分かった。ブラインドを閉めていたのだ。
22:16 | スペイン旅行 | comments(0) | trackbacks(0)
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