日本一周by自転車

定年退職を機に、「もっと日本のことを知りたい」との思いから日本一周に挑戦。
4,800kmを走ったところで事故にあい負傷。
一度、心に決めた目標は絶対に達成する!!
2年後、「北海道開拓の歴史をたどる旅」をテーマとして再チャレンジ!
2008年10月遂に日本一周を達成。
夢はまだ続く。
新しい目標は、自転車で旅をしながら郷土の歴史を調べる。
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2006.4.30日の記録
発信地(日、時間)
:能登(1日1000)
旅行日数:55日目
天候:くもり時々小雨
健康状態:良好
本日の行動
金沢〜R159〜R249〜能登(富来)
走行距離(出発日累計)
:72km(4181km)
宿泊地:能登(いとこ宅)
明日(1日)の予定
能登〜和倉〜R249〜七尾〜氷見〜魚津

知り合い宅では時間通りに行動できないものだ。1000出発予定が1115になってしまった。ついつい話しこんでしまう。出発前に自転車の手入れ、PCでブログの確認、ガスカートリッジの購入等の準備を行った。携帯から送った画像が回転する。確かめてみたら回転の設定になっている。が、どうしても設定が変わらない。

能登の富来と言うところに、母の姉妹(長女)と、その長男夫婦がいる。ここが、思い出の場所で、小学生時代の夏休みによく来た。三明と言う駅(現在は廃止になっている。)から、ひと山越たところにあり、隣の家は視界の中にない。そんな、山奥である。
それから、携帯電話も通じたり通じなかったり。

「能登の家」


1615に三明駅跡に到着した。駅跡周辺は家屋が建ち変わってしまったが、周りの田んぼの景色は、45年前、そままの感じがする。しばらくして、いとこの軽トラックが迎えにきた。
今でこそ舗装道路になったが、昔歩いた道を車で走り、山の中の従兄弟宅に到着した。昔の面影はほとんどなくなっていたが、かすかに杉林と家の前の谷が昔の感じを残していた。伯母が、よく来たねと出迎えてくれた。顔つやも良く元気で嬉しかった。

従兄弟とは、何度か会ってはいるものの、何時も兄、姉と一緒で、あまり深く話したことがなかった。今回初めて飲み語らったと言ってもよかった。そんな話の中で、今まで知らなかった父の話を聞けて嬉しかった。そして、あっと言う間に時間がたってしまった。

この3日間は、父母の故郷で多くの親類の方と会い少し疲れたが、本当に来てよかった。遠く北海道にいるため、冠婚葬祭等で来ることもなく、どうしても疎遠にならざるを得なかったが、今回、親しく話ができ、急にその距離が近づいた。そして、人のきずなの大切さを思い起こした。またいつか来よう。

何から何まで良くしていただき、ありがとうございました。

09:21 | 日本一周パート1(4月) | comments(0) | -
2006.4.29日の記録
発信地(日、時間)
:金沢(30日0730)
旅行日数:54日目
天候:晴れ〜くもり
健康状態:良好
本日の行動
砺波〜R359〜R159〜金沢
走行距離(出発日累計)
:48km(4109km)
宿泊地:金沢(従兄弟宅)
明日(30日)の予定
金沢〜R159〜R249〜能登(富来)

今度は、いつ来れるか分からない。先祖の墓にお参りに行く。
従兄弟が、「車に乗せて行くよ。」と言ってくれたが、「周りの空気を吸いたいので自転車で行く。」と、墓地の場所まで車で先導してもらった。
帰りは、近くで開催されていたチューリップフェスティバルを見にチューリップ公園に立ち寄り、付近の田んぼの間を走って来た。
公園では早咲きのチューリップが満開であった。小さな子供さんをつれた多くの家族が来ており、一気に春の温もりを感じた。
残念ながら一眼レフ故障中。
砺波からは、遠くに雪をかぶった立山連峰が拝める。水田に水が張られ、花々が咲きそろったら綺麗なのだろうと思った。

「チューリップフフェスティバル」


今日の行程は金沢まで約45km、午後に出発すれば充分である。特に、兼六園とかの観光地見学の計画はない。今回、金沢で特に行きたい場所は、小学生時代によく行った能登である。

出発前、家の前で写真を撮る。
我が輩が北海道で生活をしていることもあり、富山まで来ることもほとんどなく、従兄弟とは疎遠になっていたが、今回お世話になりよかった。たったの一泊であったが、ずっと以前から行き来をしている親しい間柄になれた。そして、また来ますから。北海道に来る時には連絡を。元気で。と再会の言葉とともに別れた。

「出発前、従兄弟の家族と」 


金沢は母の故郷である。そして、我が輩の生まれ故郷でもある。3歳で大阪へ引っ越したのでその頃の記憶はないが、小学校に入ってから夏休みに何度も行っており、思い出深い土地である。

金沢へは3時間弱で、あっという間に着いた。まず駅で今まで使っていた関西の地図と、FM高知放送に出演した時の録音テープに金沢のお菓子を添え妻あてに送った。
札幌では、もうすぐ、東京に就職した長男、福岡で教育を受けている二男が帰ってくるので妻は楽しみにしていることだろう。

金沢では、砺波同様、従姉妹お世話になる。このご夫婦は、日本百名山にチャレンジされており、あと15峰で達成するとこまでこられている。
夕食をご馳走になったゲストルーム「幸福満寿亭」には、お二人で登られた山々の写真が壁いっぱいに張られてあった。

夕食には、従姉妹夫婦と姉妹、娘さん夫婦、金沢市内に住む叔母さんと、もう一人の従兄弟とで楽しく取らせてもらった。私の小学校時代に金沢へ来た時の話になった時、タイムカプセルが開いたように楽しい思い出がよみがえった。

「金沢の親戚と」
  

07:47 | 日本一周パート1(4月) | comments(1) | -
2006.4.28日の記録
発信地(日、時間)
:砺波(29日0630)
旅行日数:53日目
天候:晴れ
健康状態:良好
本日の行動
飛騨高山〜R41〜古川〜R471〜宮川〜R360〜細入〜R41〜R359〜砺波
走行距離(出発日累計)
:105km(4061km)
宿泊地:金沢(親類宅)
明日(29日)の予定
砺波〜R359〜R159〜金沢

昨夜は、アンシャリーの近所におられて自転車を始めようとされている諏訪さんにも来て頂き美味しく晩餐をした。
そして、自転車やら、趣味やら、地域の話やら、ついには飛騨高山の観光発展談義にまで飛躍し盛り上がった。
アンシャリーでは6月1日に大阪から「有山じゅんじ」と言うギターリストを招きライブをやるそうで、主人自身も「その前座を務めるんだ。」とギターを引き出し、毎日練習しているのだと言っていた。「これにはテツさんのチャレンジの影響も受けたよ。」と言ってくれ、我輩も旅行を終えたら新たなチャレンジをしなければと思った。
今度は家庭のためになることを。  

「晩餐で」
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中央右が主人、左が奥さん、右は新しい自転車仲間


アンシャリーの皆さん、心温まるもてなし有難うございました。
3回目もまた、最高の思い出を作ってもらいました。

「アンシャリーです。」
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0500、目を覚ましたら、ベットの中から東の空が赤く染まり、日が昇る直前の光景が見えた。しばしベットの中で朝の始まりを待ち、昨夜、「露天ぶろは何時でも入れるようにしているから」と言われていたので。朝ぶろに直行した。

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今日は砺波までで、其処はわが家のルーツのある所。父が生まれ育った所である。昨晩、R41よりも宮川沿いを行った方が登りがなく楽だよと言われ、予定の経路を変更した。途中、昨年の台風の影響で道路工事をしている場所が数ケ所があったが、登りがなく、車の走行も少なく楽に走れた。
天気は本旅行一番の天気で景色は最高、R360〜R41に入った後も川の流れに沿った下り、細入道の駅手前の展望の良い場所で停止、今朝、アンシャリーの奥さんに作って頂いたおにぎりを食べる。車の通行はあるが、眼前のパノラマは自分だけのもの、昨日FM高山の放送でも述べたが、自転車で走っていると、何処でも止まれ、車では見えない景色が見える。

「この風景の中で昼食」
20060428_108865.jpg

砺波に近くなり、人口物は増えているが、昔父が若かった頃、この山河を見ていたんだと思ったりしながら走った。砺波の農村は、集落化されていなく家々が不規則に(いや、整然か?)建ち、美しい田園風景を作っている。その家々も立派なものが多く木立に覆われたものも多い。
後で従兄弟に聞いたが、砺波は加賀藩の領地で前田利家が一揆を起こさないために、あるいは、徳川幕府に領地を少なく見積もらせるために行った策らしい?とか。

今は、丁度田んぼに水を引く時期で、傾きかけた陽の光を反射する田、少し水の入った田、耕耘機をかけただの田・・・があった。やはり、田舎には田んぼがないと似合わない、これを維持するのは大変なこととは思うが、見る者の心を豊かにさせてくれる。四国を走っている時の記事にも書いたが通り、田に水が入ると「カエルの大合唱」になると、従兄弟も言っていた。



その従兄弟も田んぼを持っており、何年か前まで本業で得た収入を投入し米を作っていたが、赤字が増すだけで、今は近くに住む人に田んぼを貸している。しかし、旅人として、この風景だけは維持してほしい。

砺波に来るのは約40年ぶりで、従兄弟とは一昨年、父の葬儀で会ってはいるものの、あまり話をすることができなかった。今回、もう一人の従兄弟とともに酒を飲み語らう機会を得ることができ嬉しかった。
また、誕生した2人目のお子さんを抱いて、二女夫妻が病院を退院してきたので、その家族の方とも会うことができた。

お世話になりっぱなしだけど、来てよかった。








06:16 | 日本一周パート1(4月) | comments(1) | -
2006.4.27日の記録
発信地(日、時間)
:飛騨高山(27日1900)
旅行日数:52日目
天候:くもり時々雨のち晴れ
健康状態:良好
本日の行動
中山七里〜R41〜下呂〜飛騨高山
走行距離(出発日累計)
:65km(3959km)
宿泊地:飛騨高山(ペンション アン・シャリー)
明日(27日)の予定
飛騨高山〜R41〜細入〜砺波

やはり夜中に目が覚めた。どうしても寝れない、昨晩2030頃に寝ているのだから当たり前と言えば当たり前、0300頃、何処の放送局か分からないが森山良子の古い歌が流れていた。
うつら、うつらしながら、早く夜が空けないだろうかと思いながら聞いていた。

朝から小雨。これは予測通りで、少しぐらい降られても飛騨高山には行けるだろうとの算段。17km走った所で下呂温泉に着いた。やはり、少し寒いかな?高山は雨なのだろうか?ペンション・アンシャリーに連絡を入れ、ついでに天気を確認したら雨、後で聞いたら、一昨日は雪が降ったそう。高山の気温は札幌と同じくらいと考えても良い。遠くに見える山々はまだ雪景色である。
話は飛んだが、何とか早くアンシャリーに着きたいと黙々と走る。高山まで30kmの小坂に着いたら雨が収まり青空が見えてきた。そして、飛騨川の方を覗いたら桜が満開であった。
げんきんなもので急に元気が出てくる。最後の登りは今旅行の最高標高の宮峠、これを越え一気に下り高山へ、市街地に入った所でアンシャリーの主人から電話が入り、ペンションまで運んでもらう。

「本旅行最高標高点」
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着いたら風呂が沸かしてあり、田園風景を見ながらジャグジー付の露天ぶろに入り疲れをいやす。その前に、この旅行で食べたくても食べれなかった手作りのケーキを頂く。ああ 美味しかった。

昨日の記事では書かなかったが、主人がFM高山に、紹介を入れて呉れており、1630から15分間のトーク番組のゲストとして出演してしまった。あまり緊張はしなかったが、しゃべるのが得意でなく、トンチンカンな事を話さなかったか心配、だけど、自分の声は聞きたくない。

「放送局の前で」


カメラは、一番い良い方法(ヨドバシカメラ新潟店でカメラを交換してもらう。)で一件落着した。
この結論が出るまでに、高山のカメラ修理ができるカメラ店で症状を見てもらった結果、メーカーでないと修理ができないと結論付。その後、カメラを買ったヨドバシ札幌店と交渉した結果、「保証書は自宅から札幌店を通じ新潟店に送る。カメラは新潟店に持ち込めば同じ機種と交換する。」に落ち着いた。
これで、人安心、後、約一週間後に使えるカメラが手元に戻る。

少し、アンシャリーのことを紹介すると、15年前、我が家族が松本〜上高地〜乗鞍〜高山を旅行した時に泊まったのがこのペンションで、すごく良くしていただき、高山と言う土地が好きになりました。そして、夫婦でまた行こうと4年前の秋にも来させてもらいました。どんなペンションかは、ご主人自らが作られたHPがあるので見て頂ければいいと思いますが、ご夫婦は本当に良い人です。
今日の我が輩は、特別ゲスト、いや、親類待遇です。
本当にありがたく思います。

「高山の古い街並みで」










19:08 | 日本一周パート1(4月) | comments(1) | -
2006.4.26日の記録
発信地(日、時間)
:下呂(27日0800)
旅行日数:51日目
天候:くもり
健康状態:良好
本日の行動
大垣〜R21〜岐阜〜美濃加茂〜R41〜中山七里
走行距離(出発日累計)
:110km(3894km)
宿泊地:中山七里(テント)
明日(27日)の予定
中山七里〜R41〜下呂〜飛騨高山

宿の「いのしし亭」では、自転車に乗っているとお腹が空くと言ったら、超大盛りの飯を晩・朝とも盛ってくれた。値段も手ごろだし、個室の風呂が4つあったり、食堂が居酒屋のカウンターと言う作りであったりと仲々いい、評判がいいのだろう、出張の人、工事関係者等で結構込んでいた。

宿を出発し、まずは、昨日、宿を紹介してくれたガソリンスタンドが経路上にもあったことから、お礼を言うため立ち寄った後、R21を岐阜〜美濃加茂へ向け走った。自転車旅行最初の頃は、立体交差、進路変更のある道路を走るのは恐怖であったが、前後左右を注意し、車の流れに合わせながらスムーズに走れるようになった。この時、「日本一周」プレート有効であると感じる。

やはり、カメラの電源は入らない。美濃加茂に着いたのが1030〜1100頃であったので、カメラ店に電話し、どう対応すればいいかを聞いたが、やはり、故障のようだ。今度は携帯端末のように移動しながら修理完成品を受け取ると言うやり方は出来ないだろ。家から古いデジカメを送ってもらい、故障したカメラを家に送り修理に出す。こうなると、本州を回っている間は、一丸レフなしとならざるを得ない。そのようになるかも知れないと、とりあえず妻へ連絡を入れる。

「飛騨川峡谷の始まり」
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今日の目的地は「道の駅美濃白川」にしていたが、明日の天候があまり芳しくないため、できるだけ進みたいと下呂温泉を目指した。が、温泉街にテントを張るところがあるだろうか?中山七里を通過した時、対岸に橋があり街並みがあった。ここなら、どこかに泊まれるところが?あった。トイレはないが・・・我慢すればいい。
ここは、四国の仁淀川河畔に少し似ているが、大きな違いはすぐ横を高山本線が走っていて時々列車が通過する。

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明日は、後67kmで飛騨高山、アンシャリー、チェックインタイムはない?着いたら風呂に入れてもらおう。奥さんお願いします。

飛騨のお酒を飲みながら。飛騨川の川の流れを聞きながら。時折、列車の音を聞きながら。

もう一つ、テント住まいで一番つらいのは1900頃に日が暮れること、2100頃まで明るければ色々できるのだが?





07:42 | 日本一周パート1(4月) | comments(0) | -
2006.5.25日の記録
発信地(日、時間)
:大垣(25日2200)
旅行日数:50日目
天候:くもり時々雨から晴れ
健康状態:良好
本日の行動
近江八幡〜彦根〜R8〜米原〜R21〜関ヶ原〜大垣
走行距離(出発日累計)
:93km(3784km)
宿泊地:大垣(いのしし亭旅館)
明日(26日)の予定
大垣〜R21〜岐阜〜美濃加茂〜R41〜美濃白川

夜の間に風はおさまった。天気予報では晴れベースだが、何か雲行きが怪しい、自転車のメンテナンスのことを考えた時、1030頃には米原に着きたい。0700過ぎに出発、途中、安土城跡を見学する。天守閣跡まで歩いて往復40分の表示、一瞬ためらったが、来た意味がない。頑張って登ることにする。鎧を着てこんな坂を登ったの?と思うような急な坂。
下る途中で雨が降り出した。下の駐車場でカバーを装着し出発準備を整えた。そして、装着を終えた時に雨が上がる皮肉さ。

「安土城」




彦根に着いたのは0940頃、城の写真を撮りたかったが、時間がないので石垣のみで我慢する。彦根は彦根城をはじめ文化財を大事にしているなと感じた。

「彦根城前」


米原の手前約5kmにさしかかった時、ザーと雨が降り出す。もう雨宿りはない、もう少しだ。そのまま雨に打たれ走り続ける。皮肉にも米原駅に到着した時には雨は上がっていた。

自転車のメンテナンスでは、ギアシフトワイヤーの取り替え、チェーンの交換、ポンプの購入等を行った。これで、しばらくは大丈夫だろう。米原にもこんな店があるんだ。ロードレーサー、マウンティンをも扱う本格的なサイクルショップで駅の西口近くにあった。名前は「いべ」と言う。主人に記念撮影と言ったら、私なんかと辞退され店の写真しか撮らなかった。



大垣の宿泊は民宿か?それに近い宿屋にしようと決めていた。関ヶ原で立ち寄った郷土資料館で、女性職員に聞いたら、大垣にはそのような旅館はないよ。温泉ならここにあるとか、親切に説明してくれた。そして、自転車旅行はロマンなんだねと言ってくれた。

「関ヶ原」


「西軍の本陣跡」


それから大垣まで下がり、郷土資料館で聞いた温泉の場所を今度はセルフサービスのガソリンスタンドで聞くと、これまた、お姉さんが地図を広げて説明してくれた。そして、本当は宿に泊まりたかったんだと話したら、今日泊まる宿の「いのしし亭」を知っているので電話して上げると言って教えてくれた。初対面なのにずーと前からの知り合いのような感じで、本当にフレンドリーでした。

その宿でも、母さん、マスター、そしてお客さんとも親しく話ができ、今日一日で多くの出会いを持てた。

それから、風景に関して、大垣の郊外は菜の花の中に家があると言った感じ、その黄色い色が、久しぶりの青空に生えてまぶしく感じた。

それと、またトラブル、一眼レフの電源が入らない!!



22:08 | 日本一周パート1(4月) | comments(2) | -
2006.4.24日の記録
発信地(日、時間)
:米原(25日1100)
旅行日数:49日目
天候:晴れ(黄砂?)
健康状態:良好
本日の行動
京都〜京都周遊〜大津〜近江八幡
走行距離(出発日累計)
:82km(3691km)
宿泊地:近江八幡(牧水泳場テント)
明日(25日)の予定
近江八幡〜R8〜彦根〜関ヶ原〜大垣

東山YHは、さすが京都のユースらしく、英語を話す人(日本人?東洋人?)が多くいた。朝食時、周囲は英語ばかり、マナーだけには気を付け、英語は簡単な挨拶だけにすませて静かに食事をした。

京都は、大阪が実家と言う事もあり数えきれないほど来ているが、まだ、まだ、見ていない場所いっぱいある。今回は坂本龍馬にかかわる史跡に絞り、寺田屋、龍馬萬居跡、龍馬の墓を見学(参拝)して来た。
しかし、今日は月曜日、龍馬萬居跡は休み、龍馬の墓がある霊山神社には人がいない。霊山神社の方は中に入り、墓にお参りをし、帰りに書き置きと拝観料プラスを置いてきた。

「霊山神社、龍馬と中岡慎太郎の碑」


寺田屋は改修ことすれ、昔のままの建物で、刀傷、弾痕の残る司馬遼太郎の「竜馬が行く」そのままで感激した。お龍が風呂場からそのまま出てくるのでは?寺田屋は、現在も宿をやっており、素泊まり6500円です。

「寺田屋」




京都の街は、自転車の数が多い。また、それに伴い、大型の自転車店も多い。昨日、サイクルショップで我が愛車のメンテナンスをしてくれた人から聞いたが、京都は学生さんの街であり、自転車が多いのだ。そして、京都を見て歩くには自転車が便利であると。
また、自転車で走っていてスクーターの多い事にも気が付いた。
自転車でもの足りなくなった学生は乗り換えるのだろう?

その後、大津におられる旧知の方から、ぜひ立ち寄ってくれと言われていたので昼食を挟んだ時間に立ち寄った。泊まって行ってほしいとも言われていたのだが、日程に余裕がなく昼間職場にうかがうこととなった、
10年ほど前、札幌におられた時、一緒に北海道の大雪山に登ったことのある、花と写真が好きな方で懐かしく思いました。
職場に着いたら皆さんの出迎えと激励を受け感激をしました。
さらに、京都新聞の記者も。
ただ、道楽をしているだけなのに仕事の邪魔と休憩時間を奪ってしまい申し訳ありません。それから、差し入れをして下さった宮尾さんありがとうございました。つかれた時に頂かせてもらいます。

今日の目的地は近江八幡の琵琶湖畔、楽勝と思いきや途中から強い迎え風、駿河から三河付近を走っていた時の苦しみを思い出した。そして、最初に着いたキャンプ場は有料、そこの女性スタッフから情報をもらい無料の宿泊場所を見つける。その女性はすごく良い人だった。「お金がかかるのならいい。」と言った人に対し、「親切にここならタダで泊まれますよ。」「ここにはトイレがありますよ。」とか、受け答えを笑顔でしてくれた。この言葉は通じないが「ありがとう。」と言いたい。

ここまでは、まあ順調、宿泊場所の到着間近になって、シフトチェンジ用のワイヤーが切れる一歩手前、昨日サイクルショップでも危いよと言われていた部位で、昨日時間がなく修理を省いた、まさか、いきなりとは思わなかった。

だましだまし、牧水泳場に到着、トイレがありここで泊まることに決める。直ぐに、彦根、米原の自転車屋に電話をかけまくり、やっと米原のサイクルショップで修理が出来る事が分かりほっと。

これで安心して3日振りの酒と、飯が食える。

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風を避け、誰もいないログハウス横にテントを張りました。




11:08 | 日本一周パート1(4月) | comments(0) | -
2006.4.23日の記録
発信地(日、時間)
:京都(23日2220)
旅行日数:48日目
天候:くもり
健康状態:良好
本日の行動
舞鶴〜R175〜R27〜丹波〜R9〜京都
走行距離(出発日累計)
:113km(3609km)
宿泊地:京都(東山YH)
明日(24日)の予定
京都〜京都周遊〜大津〜近江八幡

また、ミスってしまった。今日は日曜日で郵便局は休み。貯金をおろせない。今日必要な自転車のメンテナンス代、宿代、その他の経費のことを考えたら、昨夜の宿代が払えない。チェックアウトする時、明日間違いなく振込むのでとたのみ込み、何とか当座の費用を確保した。フロントの男性は了解をしてくれたが、怪訝な顔をしていた。

今日の第一の目標は京都のサイクルショップで自転車のメンテナンスを受ける事、途中、綾部、そして、亀岡から事前に電話をし症状を話しておいた。そして、京都に到着後は、直行でサイクルショップに出向いた。整備員が4〜5人いる大きな店で、かなりお客さんがいるようであったが、事前に連絡を入れていたので手際良く点検・整備にかかってくれた。ちなみに、店はインターネットにも出ているが「きゅべえ」という。

「メンテナンス中の我が愛車」
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亀岡町を通過中に後ろから声をかける人がいて、振り向くと我が輩と同じような格好をしたサイクリストであった。近くの道の駅でチョット休憩を取り自転車(旅行)談義をする。静岡から約30日かけ南の方を回っていると言う。その後、お互いの目的地が京都と言うことでつるんで走る。そして、別れぎわに記念撮影をし互いの無事を祈った。



本日の宿、東山YHで遅い食事の後、高台寺がライトアップしているとのことで、写真を撮りに夜の散歩に行く。何年か前に夫婦で行ったことがあるが、今回特に、池に映る木々、庭園の趣向を凝らした照明が印象的であった。

「ライトアップされた高台寺の庭園」
 







22:29 | 日本一周パート1(4月) | comments(0) | -
2006.4.22日の記録
発信地(日、時間)
:綾部(23日0910)
旅行日数:47日目
天候:薄くもりからくもり
健康状態:良好
本日の行動
香住〜R178〜豊岡〜久美浜〜R312〜天橋立〜舞鶴
走行距離(出発日累計)
:104km(3496km)
宿泊地:舞鶴(ふじつ温泉)
明日(23日)の予定
舞鶴〜R175〜R27〜丹波〜R9〜京都

昨日の風が嘘のように静かな朝を迎えた。お天気次第、なんだか急に元気になる。タイヤの空気圧もチョット低いが多分京都までは走れるだろう。京都の自転車店でメンテナンスを受ければいい。

「キャンプ場の穏やかな海」


車のNOを見て気が付いたのだが、この辺も姫路NOなんだ、位置的にかなり離れていているのにと変に感じた。そして、チョット進んだ豊岡を越えたあたりから今度は京都NOが、これは、京都府と考えればいいが、やはり山陰の地が姫路とは考えにくい。
まあ、どうでもいいか、
こんなことを考えながら走っている。

それから、あの赤い屋根、兵庫県に入ったらほとんど見られなくなった。(当然数パーセントはあるが) 昨日は屋根を見る余裕も無かったので香住ではどうだったか定かでない。
地域差は瓦屋根一つ取ってもそうである。方言が最たるもので、今日の久美浜のレストランで昼食を終え店を出る時、店の人から「おおきに」と言われた。京都弁である。少し離れた豊岡では違った。そして、山陰に入ってからは、九州と比較し少しゆったりした話ぶりになってきたように感じた。毎日毎日言葉が微妙に違い面白い。

天橋立の撮影ポイントは対岸の山の上、そこまで行く時間は無いので証拠写真を撮る場所に困った。とりあえず可動橋のたもとで写真を撮ったが、天橋立のイメージとはかけ離れたものになった。
そして、そこで、写真を撮ってもらった夫婦から、色々質問を受け最後に、気お付けて、頑張って下さいと激励をうけた。

「天橋立で」


宿泊は温泉宿、少し値が張ったが・・・・、その代わり、宿の設備、備品を使い自転車の洗車、衣類の洗濯、テント干し等をやらせてもらった。おかげで、つかれてしまい温泉には1回しか入る元気しかなかった。

ところで現在の体重は出発時のそれから約7kg減った。食べる量は普段より多いのだけど減る一方である。ちなみに1ヵ月前は−5kgだった。
腹一杯食べても減っていく、減量したい人には最高の対策かも


09:17 | 日本一周パート1(4月) | comments(2) | -
2006.4.21日の記録
発信地(日、時間)
:豊岡(22日0945)
旅行日数:46日目
天候:くもり時々雨
健康状態:良好
本日の行動
鳥取〜R178〜香住
走行距離(出発日累計)
:62km(3392km)
宿泊地:香住(今子浦キャンプ場)
明日(22日)の予定
香住〜R178〜〜豊岡〜久美浜〜R312〜天橋立〜舞鶴

北海道にいると、朝起きる時、寒くて布団から出るのが嫌だと思う事はないのだが、こちらの宿は朝が寒い、エアコンのスイッチを入れないと起きあがれない。夜中も、重い布団を二枚かぶらないと寒さをしのげない。鳥取の宿は特に寒かった。
みんなテントの中は寒くて大変だねと言うが、安宿で寝るよりはテントの中で寝る方が暖かい。テントのシートは2重で、寝袋は羽毛で、ある程度の寒さもしのげる量が入っている。

今日もぐづついた天気で、一日中いつ雨が降ってもおかしくない天気。そして、木がしなる程の強風。
ああ、今日も鳥取〜兵庫の美しい海岸線を望めず、ただ走るだけになってしまうのか。
いつ宿を出ようかと悩むが、天気予報によると午後後半から回復基調、冷たい雨にあたりたくないし、余り遅くなると予定が大きくくるってくる。ついに重い腰を上げ0930出発した。

まず立ち寄った砂丘は、砂丘ではなく雨にぬれた土のよう、来たというだけの証拠写真を撮りそのまま走る。

「鳥取砂丘」
 

まだ、腹は減っていなかったが、この経路、レストランなんかあまり無いのでは、コンビニも無いのではと思い、浦富海岸近くにあったペンション(レストラン)に入る。ここは、気に入った。外見はあまり良くないが、雰囲気がいい、かかっている音楽、ジェイムス・ディーン、マリリン・モンローのポスター、そして、ポット式のストーブに火が入っているのが気に入った。もし、前もってこのペンションを知っていれば昨日ここに泊まったろう。

「ストーブと猫」
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このネコがやけになついて行くな行くなをする。

「浦富海岸」


浦富見海岸を過ぎてしばらく行った峠の下りで、後輪のブレーキがほとんど利かないことをことを発見、ブレーキシューが消耗しているのかもしれないが、とりあえずワイヤーで調整する。ここまでは良かったが、その後、余部鉄橋手前の急な登り坂道の途中でパンク、代わりのチューブのバルブに着いているはずのナットが無い。今まで使っていたナットが合わない。そして空気が完全に入らない。そんなことで約1時間近く現場にいたかも知れない。
通過した車のドライバーは憐れんでくれたことと思う。

これで、意欲も尽きた、香住に泊まることとする。風は強い。テントにするか・・?途中民宿の看板がいっぱいある。引き込まれそうになったが、今子浦キャンプ場の管理棟裏の風のさえぎるところにテントを張る。
歩いて行けるところに国民宿舎があるのはラッキーだった。

こんなことで、今日は、最悪の日だった。

今日で46日目、実のところチョット嫌気がさしている。これは、何をやっても来るスランプ、気持ちの落ち込む時期なのだろうが、継続するのは、やろうとした計画を成し遂げる意思(意地)だけになりつつある。
何か新しいも、楽しくなること、変化を見いだすことを考えないと。
多くの人から極楽トンボみたいなことを言われるが、それもまた大変。

食事後、小高い丘の上にある国民宿舎の温泉に行く。台上に上がった時、海の方向に雲の切れ間があり、橙色に染まっていた。こんな景色は見たことがない。

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残念ながら一眼レフはテントの中で携帯で撮りました。


09:49 | 日本一周パート1(4月) | comments(2) | -