日本一周by自転車

定年退職を機に、「もっと日本のことを知りたい」との思いから日本一周に挑戦。
4,800kmを走ったところで事故にあい負傷。
一度、心に決めた目標は絶対に達成する!!
2年後、「北海道開拓の歴史をたどる旅」をテーマとして再チャレンジ!
2008年10月遂に日本一周を達成。
夢はまだ続く。
新しい目標は、自転車で旅をしながら郷土の歴史を調べる。
2006.3.31の記録
発信地(日、時間)
宇佐(31日2100)
旅行日数:26日目
天候:晴れ
健康状態:良好
本日の行動
門司〜R10〜行橋〜宇佐

走行距離(出発日累計)
:98km1699km)
宿泊地:宇佐簡保の郷リェクレーションセンター

明日(30日)の予定
宇佐〜R10〜別府〜大分〜弥生町〜?

昨晩はゆっくりでき。やはり、個室、食事付、大浴場はいい。宿の人もいい人達で、色々勝手なニーズに答えてくれた。たとえば「洗濯機はない?」と尋ねたら「ボイラーにある。ボイラーの人に話しておいて上げる。」と言う具合、普通のホテルであれば、うちには置いてありませんで終わり。ボイラーの人は、「丁度タオルを洗うところだから一緒に洗って干しておいて上げるよ。」こんな調子

「ボウラーの人と」


「朝の関門」


昨日は門司で切り上げたので、予定した宿泊場所が狂ってしまった。今日は宇佐までか?その先までか?と目的地を決めないままに出発。今までの経験から、昼を境に体力の消耗が歴然となる。その時点で目標を決めることにする。天気は晴れ、登りはほとんどなしで少しは楽だろう。

ところが、2度も道を間違ってかなりのロスをする。1回目は門司の街中で新門司へ行く道を間違い余分な峠を登ることとなり、2回目はR25〜R10への入り口を見落とし5〜6kmも先へ行ってしまう。しめて約15km約1時間のロスをしてしまった。

途中マウンティンバイクに乗り、荷物をかつぐチャリダーがいた。あれはきついだろうなと思いながら通り過ぎた。昼食を終え食堂を出ようとした時、その人が入ってきた。「どこからですか」と聞いたが「私は日本語分かりません」、韓国人でした。一昨日は福岡、昨日小倉の2日目で、九州を一周するようだ。すごい。日本人でも周るのが大変と思っているのに、日本語の分からない韓国人、そのチャレンジ精神には感動する。我が輩も余裕がなくあまり話ができなかったが、日本でいい思い出を作ってほしい。

それからしばらくして、軽乗用車のわきで女の子が止まりなさいと言う。
止まると、「激励をしたくて止めました。」と, それだけで会話が途絶え、写真を撮りますかと言ってツーショットで写真を撮る。
去り際、止めてすみませんという。全然、激励をしてくれるなら何時でも止まります。

やはり、宇佐に泊まることにした。宇佐には簡易保険の施設があるので、多分、脇にテントを張れるだろうと直接フロントで話をする。対応した女性は、エッ、日本一周と言って責任者に了解を取ってくれた。テントを張る準備をしている時、ロードをやっていると言う職員が来て少し自転車の話をした。しかし、お互い時間がなく少しだけで残念だった。

野宿の準備はほんの15分程で終え、宇佐神宮にお参りに行く。15.6歳の若い時、宇佐に実家があると言う同級がいた。
彼らと夏休みに伊豆大島へ行こうと計画していたが、宇佐の夏祭りに帰らなければ行けないと言ってきた。今日、宇佐神宮に行って、宇佐神宮がこれほどまでに由緒ある神社であることを知った。
あの時、大島へ行けないと言った理由が分かったような気がする。

「宇佐神宮」


テントの場所は5分咲きの桜の木の下、今晩は花見酒としゃれ込む。









21:12 | 日本一周パート1(3月) | comments(0) | -
2006.3.30日の記録
発信地(日、時間)
門司めかり(30日2000)
旅行日数:25日目
天候:くもり一時雨か〜晴れ
健康状態:良好
本日の行動
長沢温泉〜R2〜下関〜門司

走行距離(出発日累計)
:68km1601km)
宿泊地:門司めかり会館

明日(30日)の予定
門司〜R10〜行橋〜R10〜宇佐

湖畔の宿は快適でした。ただ一つ、車の騒音を除いて。さすがに2号線、夜通し車が行き来していました。テントの場所は国道から100m程奥まった木々の間なのですが、騒音は容赦しません。

不安定な天気、出発準備をしていたら雷の音が三度、西の空がいやに暗い。出発をしようかどうか?雨が降っても長くはないだろう?えぃ、行ってしまえと、出発する。が、500mも進まないうちにザァーと来た。
そこで、大村益次郎をまつる大村神社で雨やどり、大村神社へは今朝、参ろうか迷ったが、早く目的地に着きたいために割愛した。
それが悪かったのかもしれない、大村益次郎が、「仁義を切らずに長州に踏み入るのか」と言っていたのかもしれない。
雨やどりを30分もしたら、西の空が明るくなってきた。

「大村神社」


大村益次郎は、吉田松陰、桂、高杉、久坂、乃木、伊藤博文などと比べると知名度は低いが、維新の立役者の一人で、特に西洋兵法を学び、長州征伐から戊辰戦争の長州藩、官軍の作戦を立案し戦乱の早期終結に貢献した。維新後は兵制改革尽力したが、反対する旧士族に暗殺された。靖国神社に銅像があったはず。

午前中は変な天気で日が差しているのに雨がパラパラ、そして、昨日同様、強い西風、風に耐えながら下関を目指す。小郡を過ぎた当たりで、今日の目的地を関門海峡が望め1泊2食付でゆっくりできるところに決める。そして、早速国民宿舎に電話を入れたが、門司の国民宿舎の電話口に出た女性には感謝する。「当宿舎は山の上にあり自転車では大変です、近くにこのような宿があります。」と言ってくれた。その結果橋のたもとにある「めかり会館」になった。

途中、危ない軽自動車があった。故意なのか、ボーとしているのか分からないが、片側2車線道路なのにサイドラインぎりぎりに走ってきた。まだ、若干距離があり、それほど危険を感じなかったが、何をしているのかと言いたい。
その車、その後、中央車線に入ろうとした時に後ろの大型からクラクションを鳴らされていた。
日本1周のプレートの効果は非常にいい。ほとんどのドライバーは気をつけて走ってくれているようだ。

途中乃木神社に立ち寄り関門海峡に着いたのは1500頃、何故か心踊るものを感じた。九州と目と鼻の先、流れの速い海流、明るい空がそう感じさせたのか分からないが。ついに九州に来たと言う気持ちになった。

「乃木神社」


「関門海峡(下関から)」


「日の沈む前(門司から)」








19:21 | 日本一周パート1(3月) | comments(0) | -
2006.3.29日の記録
発信地(日、時間)
長沢温泉(29日1830)
旅行日数:24日目
天候:くもり〜晴れ
健康状態:若干の倦怠感
本日の行動
:岩国〜県道15〜玖珂〜R2〜徳山〜防府〜長沢温泉

走行距離(出発日累計)
:79km1533km)
宿泊地:長沢温泉(横のゴルフ練習場)

明日(30日)の予定
長沢温泉〜R2〜下関〜門司〜県道25〜R10〜行橋

今朝はイマイチ気合が入らない。疲れも若干あるが、中だるみのせいでもあるのか?もう1日YHに泊まって休養するか?YHの女主人に部屋はあるか聞いたら、あいにく満杯だと言う事、これで決心がつき走ることに決める。そして、距離は遠くなるがアップダウンの少ない海岸沿いを、目的地は特に決めず行けるところまで走る。

錦帯橋を出発し、海岸沿いのR188に向かうべく南下すると、すぐに徳山へ43kmの標識があり、地図を確認したら、県道15でR2よりかなり短い。トンネルが3個所あると言う事は、それだけ登りが少ないこと、これにしようと経路を早速変更、トンネルを走るのはいい感じはしないが、登りのきついのよりはましだ。

2つ目のトンネルは、歩道がある程度広く取ってあり、歩道を走ることに決める。しかし、これがくせもので途中で段々細くなって行き、走るのが危ないかなと思った矢先に、左腕をトンネルにこすりつけ黄色いヤッケが真っ黒になってしまった。
仕方なく、そこから歩くことにする。どうせ、歩道をつけるのならば自転車でも安全に通れる幅にしてほしい。

今日の風はかなりの逆風で、やけに冷たい。
えっ、本当、周防高森を過ぎたあらりで、山にうっすら雪が積もっているのが見えた。昨日の天気予報は本当であったのだ。

この頃から大分調子が出てきた。しかし、今日は無理をするのをやめよう。
昼食時、地図をもう一度しっかり見たら防府を過ぎたR2沿いに温泉があり、その横が池の場所がある。後、35km、2時間チョットの距離、ここならテントを張れる場所があるはず。まだ、虫もいないだろう。
温泉で夕食をとり、ブログの記事を書き、後は寝るだけにすればゆっくり休めそうだ。
そう決めてしまえば、気分が楽になった。

防府の手前のコンビニで休憩しつつ、記事を書いていたら。同年配の男性から色々と質問を受け、「すばらしい。握手をしてほしい。」と言われた。
記事には書かなかったが、昨日、広島の外れを通過していた時、丁度出勤時間帯で、皆が働いている時に自転車に乗って遊んでいるのが調子悪く思った。日本一周のプレートも途中で外そうかなとも思った。
だから、すばらしいと握手を求められた時、本当に喜んでいいのか?

防府の先の温泉は思った通りの場所、温泉の200m先にゴルフ練習場があり、その駐車場のわきにテントを張らせてもらう事とした。

「湖畔の宿」
20060330_92102.jpg






18:32 | 日本一周パート1(3月) | comments(2) | -
2006.3.28日の記録
発信地(日、時間)
岩国YH(28日2100)
旅行日数:23日目
天候:くもり一時雨
健康状態:快調
本日の行動:
呉〜R31〜広島〜宮島〜岩国
走行距離(出発日累計)
:93km1454km)
宿泊地:岩国YH

明日(29日)の予定
岩国〜R2〜徳山〜防府〜県道25〜R190〜宇部手前

大和ミュージアムは休み。昨日旅館に入る前に立ち寄ったら1700で終了、明日の28日は休みとの係員の説明でした。
そこで、係員に断り、格子越しの大和の模型と、裏側の扉が開いていたので、そのすき間から、零戦?特殊潜航艇?の写真を撮ってきた。

「大和ミュジアム」


今日の午後から天気は下り坂らしい。三浦半島を走っている時と岡山を走っている時に雨に打たれ、防水シートをかけているバックの中まで濡れてしまい、その乾燥、後方付けに大変な仕事をさせられてしまった。濡れては困るものをすべてスーパーのビニール袋にくるんだ。

とりあえずの目標を平和記念公園として出発

今日の自転車は、昨日までのそれと違う乗り物のよう。ペダルの上に置いている足をただ下すだけで前に進む。平地がこんなにも楽だとは。午後雨が降るかも知れない天気予報だが、今のところ風もなく、さわやかな自転車日和で快調なサイクリング(0900、コンビニの裏で朝めしを食べながらの記事)

平和記念公園に1000に到着、17〜8歳の頃に隠岐〜出雲〜松江〜広島〜宮島へ旅行したことがあり、その時、広島で原爆資料館も見学した。そして、強烈な衝撃を受けた。あの時見た被災者の写真の数枚は今でも覚えている。そして、真っ黒焦げの弁当も、しばらくの間、脳裏から離れなかった。今回はあの時程の衝撃はなかった。2度目だからか?刺激的な写真が氾濫しすぎているからか?年とともに感動が薄れてきたせいか?

あの写真の主は、あの時、その場所にいた。苦しみながら。時間が経過し写真でしかないが。
うまく言えないが・・・。

「原爆ドーム」




見学を終え資料館の下で出発準備をしている時に雨が降り出した。先回の教訓から完全な雨対策をし出発をする。途中雨宿りを兼ねお好み焼き屋を探したが、メインストリート沿いには中々無い。そんなことをしていたらR2への曲がり角をやり過ごしてしまった。そして、元に戻ろうと裏道に入った途端にお好み焼き屋を発見した。注文の後、北海道から来たと話したら、もち入りのスペシャルにしてくれた。昔風のお好みで美味しかった。

当初、宮島は予定をしていなかったが、大和ミュージアムに入れなかったので時間の余裕ができ、フェリーで渡ることとした。当然だが、昔とそれほど変わっていない。違いは、丁度潮が引き、多くの観光客?が潮干狩に興じていたこと。この付近は潮の満ち引きが大きいのか、宮島から岩国へ向かう途中の港には、海底の砂の上に横たわる小型漁船があった。そして、そのわきでも潮干狩

「宮島」




「潮干狩り」


錦帯橋に着いたのは1615頃、残念ながら自転車は渡れず。今まで一緒に走ってきた自転車に悪いので我が輩も渡らず。300円がもったいないだけかも、岩国YHは吉香神社の奥にあり、近くの看板にマムシに注意と書いてあった。

「錦帯橋」


「岩国YH]


今日は、約90km走り、色々と見学したので疲れた。

やはり、昨日呉まで渡っていて良かった。渡っていなかったら、ただ走っただけの一日になったかもしれない。







21:12 | 日本一周パート1(3月) | comments(0) | -
2006.3.27日の記録
発信地(日、時間)
松山〜呉間フェリー船上(27日1630)
旅行日数:22日目
天候:くもり〜晴れ
健康状態:快調
本日の行動:
仁淀村〜松山〜フェリー〜呉
走行距離(出発日累計)
:95km(1361km)
宿泊地:呉旅館

明日(27日)の予定
呉〜広島〜岩国

もし行ければ呉まで足を伸ばそうと思いつつ、0710出発、道後温泉をあきらめるのはもったいないが、しかし、宿で洗濯、テント等の整備などを考えたらゆっくり温泉三昧にはならない、であれば、少しでも前に進み、明日の行動にゆとりを持ちたい。明日は、大和ミュージアム、原爆ドームも見学したい。そんな訳で、ひたすら走ることに決める。

途中の仁淀川の渓谷は、吉野川の渓谷に劣らず美しい。桜が満開〜七分咲き、五分咲き、3分咲きを見つつ松山へ向けて走る。野宿した場所から約3時間半の美川道の駅までは、ほとんど登りで、3歩登って1歩下るの連続、いい加減に参ってしまう。特に、大渡ダム付近は低速シフトでの登りがつついた。

「美しい渓谷」





一息入れた美川道の駅で昨日の記事を送ろうと思ったらPHSの不感地帯、それだけ、高知から一歩踏み出せば山の中。

しばらく走った久万高原町でランチタイムとする。腹が減ってくると、昼めしにカレーが食べたいとか、ラーメンが食べたいとか、てんぷらが食べたいとか、そんなことばかり考えている。今日はなぜかトンカツを食べたく感じた。
そして、レストランを探したが月曜日でほとんどの店は休み、これ以上は待てない、トンカツはあきらめた。何でもいい。とりあえず開いている店に入った。そこは、奥さん一人でまかなう、お総菜屋兼食堂の小さな店、昨日も北海道から88カ所めぐりで歩いて来たのお客さんがあったと話してくれた。
料理は、煮物中心の家庭料理で揚げ物は無かった。だけど美味しかった。最後にコーヒーのサービスまで付いて550円、1時間くらいいて、食事、記事の作成、発信、雑談をした。

ちなみに久万高原町は650m程の標高があり、四国の中の北海道と言うらしい、そして、もう少し行ったところに四国では一番設備の整った久万スキー場と言うのがある。

ここからの登りはもう少しで、720mの三坂峠が最後である。しかし、720mもよく登ったものだ。後は、一気に松山に下るだけ、爽快だけど、10km近の下りを緊張を持続して走るのは大変、それも見通しの悪いカーブの連続、本当に下り終えほっとした。

「三坂峠」
20060327_90197.jpg

松山の外れに着いたのは1330頃、呉まで行く決心をしてしまったので松山の人には悪いが素通りに決める。
コンビニの前を通過しようした時、若い男性が袋を持って止まれと合い図をする。是非持っていってくれと差し入れをもらった。袋にはミネラルウォーターとスポーツ飲料にパンが入っていた。何がいいか考えて選んでくれたのだろう。有難い。
何もお礼ができないので一緒に写真を取らせてと頼み奥さんに写真を取ってもらった。かわいい子供さんも一緒に

「差し入れ有り難う」
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ここからが失敗、松山市内に入ったら松山港の矢印が続いている。当然、その方向行けばフェリー乗り場だと思いどんどん進んで、もう少しのところで地図を見たら乗ろうとしたフェリー乗り場は違っていた。堀江港である。約10km離れている。出港時間まであと45分しかない。
これを逃したら、次は1630である。走った、走った。必死でこいて何とか間に合わすことができた。

乗船後、宿の手配をする。素泊まり2500円、近くに銭湯あり、道後温泉とは違うが、こちらの方が今の我輩に似合っている。

「宿の主」











16:40 | 日本一周パート1(3月) | comments(0) | -
2006.3.26日の記録
発信地(日、時間)
久間高原町(27日1130)
旅行日数:21日目
天候:くもり〜晴れ
健康状態:快調
本日(26日)の行動:
高知〜桂浜〜仁淀村
走行距離(出発日累計)
:73km(1266km)
宿泊地:仁淀川河畔

明日(27日)の予定
仁淀村〜R33〜松山

高知YHは、なかなか快適、すべての備品が新しく、厨房専門のスタッフもいるため食事にも手をかけている。地酒を飲みたい方にはおすすめである。だけど、くれぐれもYHは飲処ではないので。

遂に桂浜へ来た。司馬遼太郎の作品を色々読んでいるので龍馬が、いやに近しい人に感ずる。何か再会に来た気持ち。二人並んで記念撮、そして、坂本龍馬記念館で資料を見る。また、長崎、京都でも龍馬の足跡をたどりたいと思っているので職員に亀山社中の住所を聞く。見学を終えたのは1000、後は、松山にできるだけ近づけるようにひたすら走るだけ。

「龍馬と」


「桂浜」


「高知城」


途中100円ショップがあったので、なんだか引っ張られるように
入ってしまった。そして、隣が食品マーケットで、早めに今夜と明日の食糧を買った。そして、ついでに、昼めしのパンもを買っておく。これで野宿の準備OK。

米は、昨夜、YHの主人に頼み1kg分けてもらった。スーパーに置いてある米の袋で一番少ないが2kgであり、チョット携行するには多いので助かった。無くなった時は、またどこかの宿で譲ってもらわないと。ここが日本一周の強み、ちゃんと説明すれば多分OKしてくれる。

しばらく行ったら仁淀川にかかる橋に到着、河原が広く、バーベキューをしている人たちがいる。桜は満開である。ここで昼食をとることにする。ぽかぽか陽気で気持ちがいい、このまま昼寝がしたくなりそう。
しかし、バーベキューのいい匂いにはたまらない。我が輩はパンで我慢。

佐川町を過ぎ、仁淀村役場で休止、後は泊まる場所を見つけるのみ。
河畔に泊まる場所はないかと見回しながら進んでいたら、丁度いい所があった。対岸に通ずる小さな石橋があり、そのわきにテントを張れそうな場所がある。この先にダムがあり放水されれば流されそうな場所だけれど、ここ数日天候は安定しておりその心配はないだろう。ここに決めた。時間は1600過ぎ、さらっと整地しテントを張り終える。

そのテントを張る前に、途中で女性に激励され、その時に頂いた文旦をほおばりつく様に食べた。ブンタンは高知に入る前から道路端の出店に並んでおり食べたかったのだが、1個だけとは言いづらく我慢をしていた。その女性は2個差し出したのだけど、バックに入れるスペースがなく1つでいいと断った。残念、無理をしてでも2個もらっておけば良かった。
まだチョット時間が早い、確認してあった仁淀村役場近くの生協に土佐の酒を買いに行く、この河原では、素面で寝るのはもったいない。

川の音を聞きながら、星も輝きはじめている。こんなに自然の景観と一帯となれるところで寝れるなんて最高の贅沢。それもタダで。

「赤く見えるのがテント」








11:39 | 日本一周パート1(3月) | comments(0) | -
2003.3.25日の記録
発信地(日、時間)
:高知YH(25日1930)
旅行日数:20日目
天候:快晴
健康状態:快調
本日の行動:大歩危〜R32〜高知
走行距離(出発日累計)
:69km(1196km)
宿泊地:高知YH

明日(26日)の予定
高知〜桂浜〜R33〜仁淀村?

宿の空音遊(くうねるあそぶ)の夜は寒かった。暖房なしの昔の家、送迎付の温泉ツアー込み、調理器具は使い放題で3000円少々、我慢するしかない。こんな時、水筒が湯たんぽ代わりとなり、快眠を助けた。

自然現象で目が醒めた。隣の部屋には昨夜2230頃に到着した女性客がいる。なるべく音を立てないように身支度をし、0700過ぎオーナーに大歩危駅近くまで送ってもらった。そして、自転車を組み立て荷物を積載している時、工具を忘れて来たのに気が付いた。
出発前は時間をかけて準備しなければと反省、また、オーナーの世話になる。
どうもすみませんでした。

天気は快晴、放射冷却現象か、風を切る空気はいやに冷たい。吉野川が作った峡谷の景観を眺めつつ高知へ向かう。途中、大豊町役場前で昨日の記事を送る。役場に職員が一人しかいない、だから道路が空いていたのだ、今日は土曜日なんだ。
20日近く旅をし、新聞、TVを見ないでいると曜日感覚がなくなってしまう。

大豊役場から10km程走った当たりで、急に空腹感が走る、丁度反対車線側に手ごろそうなレストランがあった。窓ガラスごしに昔のゲーム機が見え、そしてコンセントがある。ここの決めた。朝定食500円、海苔に卵、味噌汁、今一番食べたいおかず。嫌いなキノコのてんぷらまですべてを平らげた。最後にこぶ茶も付いた。帰り際、「いゃー美味しかったですよ。」と言ったら、店おばさんがたいそう喜んでくれた。

今日の最高標高は約400mの根更峠、昨日までにかなりの標高を稼いでおり、大した登りを感じなかった。下りも丁度手ごろな勾配で、後ろから追いかけてくる車も少なく快調に下って行けた。下り切ったところが南国市、急に風が温かく感じた。桜の花も散りかかっている。そこから、高知までは10km程度

高知駅に着いたのは1230頃、観光案内所で周辺観光地図をもらい、アウトドアショップの場所を確認する。アウトドアショップは使い切ったガスカートリッジを購入するためである。購入後、はりまや橋、坂本龍馬の生地へ、資料館も見学したら1500を大きく過ぎてしまった。

「はりまや橋」


食糧も購入していない。桂浜付近でテントを張るには少し時間が足りない、人から聞いたら桂浜にはテントを張れない。思案した結果、YHに変更し電話を入れる。

YHに1600頃に到着した。洗濯以外に大して整備をするものはない。そこで、自転車の洗車、油の注入と点検をまじめにできた。
高知YHは、新しい施設で設備はすばらしい。オーナーもサービスに長けている。食事も1000円少々とは思えない。冷蔵庫には地元の銘酒が並んでいる。
気に入った。

「高知YHのペアレントと」













20:00 | 日本一周パート1(3月) | comments(0) | -
2003.3.24日の記録
発信地(日、時間):
(25日1033)
旅行日数:19日目
天候:晴れ
健康状態:快調
本日の行動:琴平〜R32〜大歩危
走行距離(出発日累計)
:56km(1127km)
宿泊地:大歩危(旅の宿「空音遊」)

明日(24日)の予定
大歩危〜R32〜高知〜桂浜

上品川河畔は最高の宿であった。
トイレがないのは難点であったが、約800m先のローソンまで行き用をたした。
朝食は、昨晩食べた残り半分のさぬきうどん。あいにく茹でる水が少ないため、湯をとっかえ〜でしのぐ、家で、こんなことをして作ったうどんなんて誰も食べないだろうが、これでも絶品だった。

天気は上々、今日の行程は昨日の貸しがあるので余裕である。最低限大歩危まで約50km走ればいい。
出発前時間の余裕があったので、内外の寒暖差でが濡れていたテントを太陽の熱で約1時間程乾かし、次に野宿をする時に困らないよう準備した。

「出発準備」


余裕を持つとゆったりした気持ちになる。今まで鳥のさえずりが耳に入らなかったが、今日はピィピィ、チュンチュン、チィチィ、そしてウグイスの声も聞こえる。
ついつい、琴平から10km程行ったところで走りを止め、日向ぼっこ、最高の贅沢を満喫する。

「農村の風景」




しかし、ここからが登りの始まりで413mの猪ノ鼻峠を、その後も大歩危まで吉野川に沿って登る。深い谷、淡いグリーン色の川と灰色の岩肌、そして、急斜面に点在する人家と段々畑、こんな景色は過去に見た事がない。いや、飛騨川沿いも似たような景色があったように思うが、あの時は列車の窓からの景色で臨場感が自転車とは全然違う。何度も立ちどまり、何度か引き返して写真を撮る。

「吉野川の渓谷」


 
車と比較し自転車の良さは、景色がよく見えること(常に視野を注視していないと車に接触する。ボーと乗っていられない。)、いつでも、何処でも止まれること、視界が広いこと、風を感じること・・・で、景色を見るなら自転車が最適である。

宿は途中のコンビニから電話で予約する。細部の場所が分からず大歩危駅から再度連絡を入れ確認したが、駅から2300m程度あるとの返事、ひょっとしてが現実となり。自転車を押して山を上下し40分程かかって到着した。最初からこのことが分かっていれば泊まることはなかったろう。幸い帰りは車で送ってもらう事のなったが。

「大歩危駅」




この宿の良さは、軒先からの景色、先ほど記した吉野川沿いのパノラマが目の前に広がっている。オーナーは、この景色の惚れ千葉から三年前に移り住んだと言う。そして、今夜は満点の星空、こんな星空は最近見た事がない。

「空音遊」










09:38 | 日本一周パート1(3月) | comments(0) | -
2006.3.23の記録
発信地(日、時間):琴平
(23日2030)
旅行日数:18日目
天候:くもり〜晴れ
健康状態:快調
本日の行動:倉敷〜玉野〜フェリー〜高松〜琴平
走行距離(出発日累計)
:59km(1071km)
宿泊地:琴平(上器川河畔)

明日(23日)の予定
琴平〜R32〜小歩危〜大歩危〜(未定)
R32沿い未定

昨日は雨の中倉敷美観地区を散策したので、今日は予定を変更しYHからそのまま玉野へ移動、宇野〜高松間のフェリーで四国へ渡ることとした。そして、目的地を金刀比羅宮付近まとにし、どこかで野宿をすることとした。幸い午後からは天気はよくなりそうなので少しでも進んでいた方が良さそうである。

朝、YHのペアレントの奥さんから聞いて知ったのだが、ママチャリタイプの自転車で茨城から広島まで行こうとしている高校卒業生がYHに泊まっていた。出発前顔を合わせたが、リュックを担ぎ、それほど荷物は携行していない。ここまで約10日程度で来たと言う。若さとはすごい、よくあんな自転車と装備で走ってこれたと思う。昨晩話をしていれば色々な事を聞けたのに残念(昨晩は濡れたものの整理と、晩・朝めしの買い出しに時間を取られた。)

朝、自転車の洗車と点検を行い、0815倉敷YHを出発、慎重に約700mの山道を下る。山道は勾配が急な上、カーブが多くブレーキをかけっぱなしで降りなければならず、これまた大変。そして、下り始めたら、また、前輪のブレーキがキイキイいい出した。調整しても治らずうるさいのを気にしながら下山する。

宇野まで道のりは、玉野への標識に従い進む。道々岡山県なのか倉敷市、玉野市なのか分からないが、歩道の段差を少なくしたり、歩道の幅を広くしたりと、自転車を乗る人のことを考えて道路を整備しているなと感じるところが何個所もあった。
チョットした心遣いで結構自転車乗りは楽になる。

1023宇野発のフェリーに乗船し四国へ向かう。
四国は、40年程前に松山に立ち寄っただけで今回が初めてと言っても過言ではない。高松のメインストリートは札幌の駅前からすすきのへ向かうストリートとよく似ており、早速記念写真を撮った。

「高松市街」


「駅前」


高松から琴平までは30km程で、途中食事を取り1500頃野宿する上品川の河畔に着いた。トイレはないが、芝生が敷いてあり、かりん温泉まで2km程の近さで最高の場所のよう。

R32の途中で食事をした食堂の前に「どうぞお持ち帰りください。」と、ネギが置いてあったので1本頂戴した。ついでに、水も頂いたてあった。

上品川河原にテントを張るのは後にして、まだ時間があったので、こんぴらさんへお参りに行く。
785段の石段には躊躇したが、縁起をかつぎ登ることとした。そして、本宮にお参りをし、こんぴら駒、参拝中の写真を撮り登った証拠を残した。 

「こんぴら駒」
  

「785の階段」 


帰りは自転車を預けた店を黙って素通りできず、甘酒を飲み、さぬきうどんを買った。途中もらったネギもあるし、今日の夕食と明日の朝食はさぬきうどんに決定

河原に戻ったら若いカップルがいたので黙ってテントを建てるのも変だからチョット声をかけたら、日本一周が珍しく、記念の撮影となった。
HPに載せますので、幸せに!

「幸せに」

20:43 | 日本一周パート1(3月) | comments(0) | -
2006.3.22の記録
発信地(日、時間):倉敷YH
(22日2130)
旅行日数:17日目
天候:くもり〜雨
健康状態:快調
本日の行動:新舞子〜相生〜赤穂ー岡山〜倉敷
走行距離(出発日累計)
:99km(1012km)
宿泊地:倉敷YH

明日(23日)の予定
倉敷散策〜宇部〜高松
高松泊(場所未定)

昨日宿泊した新舞子の細部場所は、海鮮料理店(と言うよりは食堂?)のとなりの空き地で、お客さんがいないこと、料理店の主人が話好きなこともあり何度も立話をした。今朝も我が輩が出発の支度をしている時、店のシャッターが開き朝の雑談、そして、コーヒーまでご馳走になった。

今日の行程は2回ほど峠越えがあったが、さほど標高も高くなく、そして風もほとんどなく快適に走れた。しかし、岡山に入った当たりから雨が降り出し、鎌倉以来のずぶ濡れになってしまった。

そんなため、宿泊先のYHに早く入りたかったけれども、チェックインが1600からであったため、途中、備前おさふね刀剣の里に立ち寄り刀剣を見学するとともに、明日見学しようと思っていた倉敷美観地区にも行ってきた。

「雨の倉敷」


倉敷YH到着後は、直ちに風呂、洗濯、ぬれた携行品の手入れ、幸い同室の客がいなく、5人部屋の部屋の中は物干し場となってしまった。

「倉敷YH」


同YHへは、昨日の夕に連絡を入れた事もあり食事なし。その食事を取るため約700mの山道を含めた片道約2000mの道のりを歩いて買い物に行った。それも、暗闇の墓場を歩いて。

途中、美観地区はライトアップをしているのではと思い、写真を取るため立ち寄った。
ライトアップはしていないが、日中の人ごみがなく、街路灯に照らし出された白壁と桜のつぼみが美しく風情があった。

「夜の倉敷」
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今日は、「最高の道楽をやっているね。」と言われた。場所は相生の海に面した工場の敷地内で、やはり同年配の男からすれば、3カ月半も自分の好きなことをやっているとそのように映ると思う。まったく同感、雨の中、3時間も自転車をこぐなんて道楽人にしかできない。




21:55 | 日本一周パート1(3月) | comments(0) | -