日本一周by自転車

定年退職を機に、「もっと日本のことを知りたい」との思いから日本一周に挑戦。
4,800kmを走ったところで事故にあい負傷。
一度、心に決めた目標は絶対に達成する!!
2年後、「北海道開拓の歴史をたどる旅」をテーマとして再チャレンジ!
2008年10月遂に日本一周を達成。
夢はまだ続く。
新しい目標は、自転車で旅をしながら郷土の歴史を調べる。
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メンテナンスの状況
05:48 | 旅を終えて(パート1) | comments(0) | -
写真について
この旅行間に、納得が行く何枚かの写真を撮りたいと思い、デジタル一眼レフと、そして、撮影した画像を保存するため20Gのデジタル アルバムを携行した。
そして、ブログに日々送る画像は携帯電話で撮影した。

今、自宅に戻り、画像の整理をしているが、残しておきたかった場面の画像がなく、何故もっと写真を撮らなかったのかと後悔をしている。

この原因は、行動の記録として写真を撮影するのだと言う目的をはっきりさせていなかったことで、ある日は撮っているが、次の日は撮らなかったり、ブログの記事に書いたその日のポイントとなる写真を撮らなかったり、また、携帯電話機で撮ったから一眼レフで撮らなかったりと、支離滅裂な写し方をしてしまった。

美しい景色の写真は、その時、その場所で、これを写したいと思ったものを撮ればいいが、行動記録として残す写真は、前もって、いつ、何と何の場面を撮るかを明らかにして、日々継続的に撮るべきであった。また、ブログの記事になるような印象のある出来事は、面倒でも撮るべきだった。

次いで、カメラの取り扱いに習熟しておく必要があった。今回携行した一眼レフカメラは購入(退職記念にもらった。)したばっかりで、一応マニュアルを読み操作は理解していたが、素早くメニューの切り替えが出来るまでには習熟していなく、オート撮影で済ますことが多かった。

一眼レフカメラが岐阜の大垣で故障し、新潟で新しいカメラと交換してもらうまでの間、携帯電話機のカメラしかなくなってしまったが、画像サイズを大きくした写真を撮るべきであった。この間撮った写真は、それまでと同じ壁紙サイズで、ブログの記事としては使えても、行動の記録として使える代物ではなかった。

総じて言えることは、行動の記録として残せる写真を撮ることが大事!
それから、カメラの携行場所は、すぐに取りだせる場所に!
今回フロントバックに入れていたので、自転車を停止し、致短時間で撮影が可能であった。また、手袋も、指先の出るサイクリング用であったので、脱することなく操作ができ便利であった。

19:33 | 旅を終えて(パート1) | comments(4) | -
宿泊について
1 基本的なスタンス
テント泊をベースとするが、YHがあるところではYHに、街中では基本的に安いビジネス旅館、ない場合は安いビジネスホテル、荒天時は旅館等とした。


2 テント泊について
YHがない場合、郊外はテント泊にしていたので、テントを張る場所は、景観の良好な場所(海岸、湖岸、河畔等で撮影ポイントがある。)で、近くに温泉(浴場)があり、トイレがある場所を選定するように務めた。そして、できれば車の騒音、人の出入りからあまり影響を受けない場所に。

3月から5月と言う時期は、まだ、野営シーズンではなく、一部を除き、好みの場所を選定することが出来、思う存分に野宿の良さを楽しめた。

場所を見つける要領は、まず、当日の目的地が決まった段階で、地図上で野宿が出来そうな場所を選定し、途中のコンビニ、スーパー等で土地の人に、トイレがあるか、近くに食料品店、温泉があるか等を聞き、現地に進出し付近を走りながら宿泊場所を選定した。

人の好みでもあるが、我輩は、道の駅はどうしても宿泊場所がない場合の他、候補地に上げなかった。それは、夜遅くまで車・人の出入りがあると思われ、野宿の良さを満喫できないと思ったから、しかし、キャンプシーズンに入ったならそんな贅沢は言ってられないと思うが。

食糧の確保は、基本的には途中で食材を購入していたが、テントを張る場所の近くに食料品店がある場合は設営後に買い出しに行った。また、自炊する時間がない場合はコンビニ弁当を、食材を買えなかった場合は、ふりかけ等で我慢した。

雨の日は基本的にテントを張らない。最高のビューポイントで、他人から邪魔をされないで、夕陽を見ながら酒を飲み、旅館等以上に快適な野宿が出来た日も多々あった。

苦労した時と言うのは、目的地到着が遅れたり、街の近くにテントを張ろうと決めてしまった時で、なかなか、場所を見つけれず、日が暮れかけてやっとテントが建つと言う有様。そのため、まともな晩飯を食べられない。風呂にもありつけないと言う日もあった。

それから、3月はじめの時期は、山間部で霜が降りることもあったが、テント内はそれほど寒くはなく、北海道、東北の北部以外はテント泊可能と思う。

「犬吠埼(君ヶ浜)」


「名張付近」


「仁淀川河畔」


「出雲大社(道の駅)」


「設営場所からの眺め(名張)」



「設営場所からの眺め(佐多岬手前大迫)」



3 ビジネス旅館とビジネスホテルについて
ビジネスホテルは少し割高であるが平均的で失敗はあまりないのかな?と、言うのは、あまり利用しなかったためにデーターがない。4400円で朝食付きと言うホテルもあった。これなら、YHに泊るよりいい。

ビジネス旅館は、安いだけあり一般的に設備は良くない。それをカバーしているのは宿の主人(かみさん)の人間性であるが、本当にいい人がいて、そんな時には、わが家に帰った時のような気持ちになれる。
こんな旅館は、小さな町(市)の旅館に多いような気がする?

4 YHについて
これもペアレント次第で雰囲気が全然変わる。最近利用する人が減ってきているのだろうか?それでも、お客さんが多くいたYHもあったので、やはりペアレントの経営方針次第なのか?
値段はどこでも大体同じである、施設もそれほど変わらない。違いは、食事と清掃、宿泊者に対する心遣い、プラスαのサービス。
YHは、その宿泊客のほとんどが個人で来ている旅行者であることから、交流の場を作るために作為しているYHはすばらしいと思う。
14:08 | 旅を終えて(パート1) | comments(0) | -
札幌に帰って来ました
昨日(20日)夕方、札幌の自宅に着きました。
まずは、ほっと。20日はちょっと寒い日だったのか?自宅近くのバス停に着いた時ひんやりした風を感じた。

家に入ったら現実の世界、机の上には、退職時に頂いた記念品やら書類が未整理のままうず高く積まれ、そして、この2ヶ月間に来た書簡、隣の部屋には先日送った旅行の装備が・・・、デジカメ画像の整理、旅の記録の整理・・・・・・、利き腕が使えない状態でやることを考えたら急に疲れがドット来た。

今日は、休み休み机の回りの整理、片手で出来る旅行に使った装備の片づけをしたが、妻もパートが休みで助かった。

明日、近くの病院の診断を受ける。自宅にいても粗大ごみになるだけ、入院もしたくないし、しばらくは、イライラの日々が続きそう。

札幌及び周辺の皆さん、近いうちに出没しますのでよろしく。

北海道以外の皆さんのために、自宅のバルコニーからの画像を送ります。札幌もすぐ近くに山並みがあり、なかなかいい所ですよ。

藻岩山
藻岩山

定山渓の山並み
定山渓の山並み

恵庭岳と漁岳
恵庭岳と漁岳

17:33 | 旅を終えて(パート1) | comments(3) | -
人との出会い、親切について
自転車旅行を通じて、それぞれの地域に住む人、見ず知らずの人達と交流することは今回の旅行の最大の目的で、次の人生に何らかの糧になると考えていた。
そして、この旅行間、多くの方から声をかけられ、励まされ、親切を受け、色々な人との出会いを持つことが出来た。

1 自転車旅行の特徴
自転車旅行の特徴は、自分の力だけでは何もできないことで、道行く人に尋ねなければ経路を間違わずに目的地まで行けない。(いや、自転車は足でこぐので間違うわけに行かない。)その他、テントを張る場所、宿、銭湯、食料品店、サイクルショップ、アウトドアショップの場所等・・等、すべて聞かないとたどり着けない。さらに、調味料等少量で店では売っていないものを頂戴したりと、お願いします。お願いしますである。
必然的に人との出会いの機会が生まれる。何処の地でも、親切に受け答えをしてくれた。特に、この時、この場所でと言うものはない。それらは、日々のブログの記事に書いた通り、ほぼ連日である。店の主人、店員、YHのスタッフ、宿のスタッフ、道行く人、旅行者、旅行案内所の人、ガソリンスタンドの人、食堂の人、タクシーの運転手、トラックのドライバー、犬の散歩に来た人、農作業をしている人、漁港で働く人、工場で働く人、出勤・通学途中の人等・・・・・等、そして、今いる病院のスタッフ、それらの人々から本当に親切にしていただいた。(いただいている。)

2 この旅行を通じて日本人の良さを知った
この旅行を通じて、日本にはまだ親切にする心が残っている。と、つくづく感じた。そして、この日本の良さが、ずっと続いてほしいと思う。ある人にこの話をしたら、「今はそうだが、将来はどうなるか?」
特に、地方の街で小学生から「おはようございます。」「今日は。」「へぇー、日本一周、ガンバってください。」とあいさつ(声援)を受けた。本当にうれしかった。また、九州のある町では高校生からも声をかけられた。そして、「今の若者は・・・」と言われる対象の髪の毛を染めた、いかにもヤンキー風の若者からも「ガンバってください。」と言われた。
こんな彼らが日本の良き伝統を守ってくれるのだ。我われ中年も小学生に声をかけてやれるようにならねば・・・。
だけど、最近そんな純粋な子供たちを狙った犯罪が多発している。非常に残念だ、他の国のように互いを信じ合えない国になってしまうのか。

3 親切について
チョット話が脱線してしまったが。親切という心の中から、人との出会いが生まれると思い書いた。
ブログの中のカテゴリー「人」のところでも書いたが、この旅行では親切を受けるだろう。しかし、多分そのお返しはできないと思う。この親切を受けた時の気持ちを大切にし、人に親切にすることが、お返しになるのではと思う。そして、親切を受けた人が、親切を・・・・親切の連鎖
2カ月間にこれだけの親切を受けた人はいないだろう。これは、貴重な財産だと思う。

4 親類との再会
ここからは、個人的な関係であるが
今回は父母の故郷でもある富山と石川を経路に入れた。
理由はそこに自分の故郷を感じたことと、長い間会っていない親類の方と会いたかったから。
父方の親類がいる富山県の砺波、母方の親類がいる金沢と能登に行き、お世話になってきた。40年振りの再会であったり、10数年振りの再会であったり、初めての出会いであったりと、本当に来てよかったと思った。何から何まで世話になり、恐縮であるが、ひょっとしてもう会えなかったかもしれない?それぞれ、ほんの1泊だけであったが、長い空白時間をこえ急に近しい間柄になったような気がする。

5 旧知の方との再会
今回の旅に関しては年賀状で軽く伝えただけで、それ以外に友人、知人には連絡をしていない。と、言うのは目的が旧知の人に会うためではなく、あくまで日本一周をすることで、そのために、できるだけ旧知の友人等に会わずに、目的に集中する考えでいた。
だけども、立ち寄ってほしいと言われた方に対しては快く受けさせてもらいお世話になった。あっ、違った。熊本の同期はこちらからお願いした。
茨城におられる山登りの師、飛騨高山のペンションのオーナー夫妻、熊本、米子、津山にいる同期、旅の途中、関西空港の近くで声をかけてくれたニュージ−ランドから来て福岡に住んでおられる人等の宅に泊めていただき、お世話にもなった。また、カナダへスキーに行った時の友人、大津におられる元職場の先輩、倶知安でご一緒した八王子在住の先輩と再会し激励を受けた。
それらは、それぞれの日の記事で書いた通りであるが。
本当に何から何まで、最高のゲストとしてのもてなしを頂いた。
もし、この旅行を実行していなければ再会することはなかったかも知れないと思うとなおさら感激である。
その後、たびたび、メール、電話で激励をしていただいたり、ブログの日記をいつも見ていただいたりと、本当にありがたく思う。

6 ブログについて
次いで、このブログについても、酒を飲みながら、あるいは飲んだ後に、懐中電灯の明かりの中で、半分眠りながら書くこともしばしばあったが、この、読みづらい記事を多くの方に読んでいただき有難うございます。これまた、人との出会いであるのか?

7 交流の限界
それから、毎日が多忙の日々日で、現地での交流があまりできなかったのも事実である。佐世保の近の海岸にテントを張っている時に親しく声をかけてくれた人がいて、温泉でも一緒になったが、その方は、ゆっくりと話をしたいと思っているが、我輩はブログの記事を書かねばならない、明日の行動も考えなければならないと、ついつい面度くさそうな応対になってしまった。
宿に泊っても同じで、やることが多くあり、一番の人との交流チャンスを無にしたように思う。

そして、声をかけてくれた人、親しく話が出来た人の多くは、旅行者、観光・飲食業に携わる人がほとんどで、本当の意味での地域の人とのふれあいう機会はほとんどなかったように感ずる。
事故を起こす前日の舟形あゆ温泉のキャンプ場で、地元新庄の方と一緒にお酒を飲める機会があったが、本当に偶然であり、いいめぐり合わせに感謝をしたい。(これらの方も、その日は旅行者)

やはり、我々は旅人、地域の人はそこで働き生計を立てている人達で、土俵が違うと言うか、視線が違うというか、互いの置かれている位置が違う。たった一日そこに泊ったからって、その土地のことは分からない、話をしても上辺だけで本当の意味でのふれあいは無理ではと感じた。
その土地のことを知るためには方言を理解するまで留まらねばならないかも?

7 日本一周のプレート
後方の車に注意を喚起し、走行の安全を図るために「日本一周」のプレートを装着し走行した。最初はチョット恥ずかしいなと思っていたが、その結果多くの方から声をかけられた。このプレートは自己紹介のようなもので、人と知り合うきっかけを作る最高の手段と感じた。しかし、声をかけられた時に、だれにでも、時間を惜しまず笑顔で、かつ、声をかけてくれた人に敬意を払い答えることが大事。

8 最後に
色々な人との出会いがあり、色々な人からの親切を受けてきた。
この事を、自分の大切な財産として記録に残し、時々これまでの旅のことを思い出したい。

お礼の気持ちを込めて。



10:58 | 旅を終えて(パート1) | comments(0) | -
案外と危険な歩道
一般に歩道は安全と思いがちであるが、長距離をそれ用の自転車(ロードランナー等)で走る場合は危険である。

長距離を走る場合には、自転車のサドル位置を高くした方が楽である。が、その代わり、サドルに乗ったままでは簡単に足が地につかず転倒し易い。
今まで歩道上で何度も転倒をした。また、人、自転車と接触しそうになった。

1 まずは転倒、接触の状況(例)を
(その1)
浜名湖近くの歩道を走っていたら、その先が階段になっていたため、歩道上で右往左往、そして、転倒、その際、足首の軽い捻挫と大腿部、肘打撲
(その2)
三重県名護の近くでテントを張る場所を探していて、歩道上を停止寸前の速度で走っていたためバランスを失い転倒、その際、ガードレールにヘルメットをぶつける。

この2回の転倒の後、サドルの高さを下げた。(その3)

宮崎のサイクルショップでメインテナンスを受けたあと、ためし乗りを兼ね出発したら不具合があり、車道から歩道へ移ろうとした際、その段差で転倒
(その4)
雨上がりの熊本港で乗船のため移動中、カーブを切っている時、鉄製の水路?のふたでスリップし転倒、フロントキャリア軸損傷、右肩、胸打撲
(その5)
長崎のメガネ橋付近の混雑した歩道を停車寸前の速度で走っていて、前から来た人を避けようとしたら、歩道上の障害物にフロントバックを接触させ転倒
(その6)
新潟駅で駐輪場を探している時、前方から来た自転車(幼児を乗せていた。)と危うく接触

2 走っていて知った歩道の状況
道路整備時に予算をつけて計画的に整備をしている立派な歩道、車道のわきに縁石を敷いて人の歩くスペースを確保しているもの、車道の端にポールを立てただけのもの、歩道のないもの等色々である。
また、あったとしても、自転車同士がすれ違うのに無理のあるものが多い。
そして、困るのは、区画が変わるごとに整備状況が違うことで、い
きなり歩道がなくなったり、申し訳程度の歩道になったりすることが
ある。
それから、歩行者、自転車のことをまったく考えないで道路整備、補修していところがある。
(例として)
〇途中までガードレールつきの立派な歩道が整備されているのだが、いきなり歩道がなくなり、さらに、その歩道がガードレールでふさがれている。
〇同じように、途中で歩道がなくなり、道路わきは崖となっている。
〇歩道の先は階段になっており自転車の上り下りができない。
〇歩道のない国道で、アスファルト補修時、サイドラインで段差をつけたり、自転車の一番走りやすい場所に段差をつけたりしているところが多くある。
〇歩道から車道へ降りる場所の段差が大きい。また、歩道がなくなる所なのに車道に降りれない。

3 福岡県で見た通学時間帯の状況
丁度、通学時間帯を走った時、幅1m程度しかない歩道を対向しながら、離合できない時は車道に降りて学生達が通行していた。我輩は車道専門であったが、見ていてよく走れるな、危険だなと思った。この状態は大なり小なり何処の場所でも見かける光景なのだろう。

4 富山県のR8の整備はすばらしい。
その日の記事にも書いたが、車が通れる程の幅があり、車道との段差はほとんどない、車道が立体交差をする場合にでも、車道に降りることなく通行できるようにしている。
これは、道路を整備する時、自転車の通行を考えて設計をしたものと思う。

5 怖いトンネル内の歩道
一番怖いのは、自転車がやっと通行できる程度の歩道スペース(間違って落ちたらそこは車道)、あるトンネルは、途中から歩道のスペースが段々細くなり、ついには自転車で走行できなくなった。そして、でこぼこした歩道スペース、裸眼で路面が見えない暗いトンネル

6 一方にだけ歩道がある橋
このような橋は多い、しかし、対向車線にある場合、直前に信号機があれば良いが、ない場合がほとんどで、車の通行量の多い道路は反対車線に渡れないため利用することが困難

7 自転車の通行が少ない自転車専用道路
鉄道路線の再利用でサイクリング道路として整備をしているところがあるが、海岸線の場合、砂に埋もれてしまい自転車道路として不向きなところもある。どうせ自転車専用道路を作るのなら、どんな人間が何のために利用するか?人のニーズをよく調べた方がいいと思う。

8 中途半端な観光用歩道、自転車道路
観光地に徒歩あるいは自転車に乗り見学できるようにしている道路があるが、しかし、主要区間を結んでいないため、途中から車道に降りなければその場所に行けないところがある。

9 走りやすい歩道兼自転車道は
〇 段差のないこと。
〇 人、自転車の通行量合わせた道路幅があること。
〇 凹凸がないこと
〇 通行する人が自転車に注意をしていること。
〇 障害物がないこと。
〇 車の駐車がないこと。

長距離を走る自転車はスピードを出して走るためこの条件を満たすものは少ない。  

10 走りやすい車道は
〇 道路補修の際、アスファルトを路側まで伸ばして敷き詰めていること。(ほとんどの道路は、サイドライン、あるいは、サイドラインから10cm程のところで切っている。)

今回の事故は、まさにこの状態で、サイドラインから5cmのところに段差があり、それを避け、その外側を走ってポールにぶつかった。

〇 サイドラインから路側が80cm以上あること。
〇 路側に段差がないこと。
〇 ガラスの破片、砂利等が散乱していないこと。
〇 サイドラインに凹凸がないこと。

現状の道路整備状況で、長距離を自転車で走る場合は車道のわきを利用せざるを得ない。

11 最後に
今まで、車で走っていて、自転車が車道を走っていると、「歩道を走れ。」とい言いたい気持ちだったが、今回自転車で各府県を走って見ることにより、自転車が安心して走れるところは少ないなと感じた。そして、ちょっとした配慮で、少しの予算で改善できるものは少なくないと感じた。
その結果、歩行者、自転車の事故も少なくなるのでは、また、まだ自転車を趣味にしている人口は少ないが、自転車が安心して走れる道路を整備すれば自転車人口が増えるのではと感じた。

若干個人の見解を述べさせてもらいました。

 
09:58 | 旅を終えて(パート1) | comments(1) | -