日本一周by自転車

定年退職を機に、「もっと日本のことを知りたい」との思いから日本一周に挑戦。
4,800kmを走ったところで事故にあい負傷。
一度、心に決めた目標は絶対に達成する!!
2年後、「北海道開拓の歴史をたどる旅」をテーマとして再チャレンジ!
2008年10月遂に日本一周を達成。
夢はまだ続く。
新しい目標は、自転車で旅をしながら郷土の歴史を調べる。
退院後約3週間、そして
2007.9.23(日)
8月30日に退院をして約3週間が経過した。
この間の事を少し。
医師から「3ヶ月位は重い物を持ってはいけない」「冬場は寒さのため肩が痛くなるかも知れない」「完全に元の状態に戻るにはやはり1年間はかかるでしょう」そして、無理をしてまた病院に戻って来ることのない様にと釘をさされた。

今ではほぼ不自由なく生活が出来るようになった。しかし、1kg以上の物を持つことが出来ず。とっさの対応は無理なので、11月に入るまでは自転車に乗れないと思われる。真面目にリハビリをして早期回復を待つしかない。
そのリハビリは、一日の日課の中で朝・夕2回(1時間弱)、週2回の通院を行い順調に回復してきている。リハビリの先生からも順調ですねと言われている。

肩以外に調子の悪い膝のリハビリ。
膝の方は退院後直ぐに藻岩山登山、その後、真駒内公園での軽いジョギングを数回行ったが膝に異痛を感じるようになり今はジョギングを中止している。リハビリの先生からも痛い時は辞めた方が良い。ジョギングをしながらの筋力トレーニングはよくないと忠告された。藻岩山に登り、調子よくジョギングをしていた時には、「この冬はスキーをやるぞ」「山に登るぞ」と意気込んでいたが、あまり焦らないほうがいいみたいだ。
自転車は膝のリハビリを兼ねて始めたのだが、逆に自転車をすることにより膝の強化を怠ったかもしれない。肩同様に長期間かけて徐々に回復をしていかねばならないのだろう。

退院10日余り後の9月10日から12日まで大阪へ帰省し父の墓参り、施設に入っている母との再会を。13日から15日までは妻と道東の温根湯温泉に泊まりゆっくりしてきた。10月から仕事に就いたら自由に休みを取ることも出来なくなるだろうと思ったからで、少しは母親孝行、妻孝行をしたような気がしている。(妻は付き合ってやっただけと思っているかも知れないが)

そして、再就職準備。
先週の18日から新しい職場に顔を出し申し受けと挨拶廻りをしている。今週も引き続き行い、10月から正式に職に就く予定。

そして。
今日9月23日(日)は野幌にある北海道開拓の村、天徳寺、千古園を車で訪れた。
天徳寺以外は、以前、自転車で訪れたことのある場所である。
北海道開拓の村には明治〜大正時代に建てられた52棟の歴史的建物があり、資料もよく整備されており見答えのある場所である。かなりのボリュームがあり休憩なしで見学しても3時間あまりかかった。また、外人さんも(中国人、韓国人ではなく英語圏の人達)沢山来場していた。

「開拓の村」












天徳寺は日露戦争に参加し戦死した屯田兵の像を祭ってある寺で、今日はお彼岸でもあったことから多くの参拝者が来ていた。カメラ持参のジーパン姿の参拝者は場違いでもあったが、お寺の人に話をしたら、「写真を撮ってもいいですよ」と言ってくれた。多分、我輩と同じ様な見学者が時々来るからなのだろう。参拝者の横で場違いな撮影をし、そして、お参りをした。

「屯田兵の像」


千古園も以前行った場所であったが、帰宅前に立寄ったものだから、証拠写真を撮っただけで退散した。
今回は、ある読者からのニーズもあり園内に何があるかを調べながら見学をした。
樹木の生い茂る小さな園内に多数の石碑があり、周りには石仏が並んでいた。今は過去の面影は殆ど残っていないが北越殖民社社長の重厚な屋敷が置かれていたのだろう。

「千古園の石仏」

21:08 | 怪我と入院 | comments(0) | -
退院
藻岩山スキー場」






「藻岩山山頂から札幌市の中心」


まず、この写真は、退院2日後の9月1日に登った藻岩山の写真
転倒し手術した腕を着いたら危険であったが、意を決して登ってきた。自宅から往復3時間40分のウォーキング。ここまで回復した。そして、この冬にスキーで降りるのが目標。スキーは膝を故障し3シーズンやっていない。

それでは入院の事について
7月30日(月)右肩腱板損傷手術で入院。8月1日(水)手術、約1カ月の療養の後、8月30日(木)退院をした。この腱板損傷というのは、別名?五十肩とも言う。我輩の場合、自転車の転倒により負傷したが、経年腕を酷使することにより発症する病気でもある。だから、中高年の多くの人はこの病気にかかっている可能性がある。痛くて腕を上げれないと言う人がいたら整形外科で診てもらっては。

手術は、肩に5〜6cm程度メスを入れ、傷ついた腱の整合、圧迫している軟骨の除去をする簡単なもので30分間程で終わった。そして、術後5時間後には一人でトイレに立つことが出来、その後しばらくして食事を取ることもできた。この食事は、さすがに吐き気をもよおし一口しか食べられなかったが。

「術後の経過」
入院前に友人から、「腱板損傷は大変だよ。」術後3週間は患部の肩を装具で固定し、それが取れたら「ひぃ、ひぃ」言いながら滑車の上げ下しをしなければいけないと脅されていた。ベットの向側にいる人も、同じ腱板の手術をした患者で、「術後3日間位は痛みがひどく寝れなかった」と、顔をゆがめながら滑車を上げていた。しかし、我輩の場合、本当に「メスを入れたのだろうか?」と思うくらいに痛みがなく、手術した次ぎの日から病院の周りを歩き回っていた。術後2週間後には腕を水平から60度へ、そして、30度へ、3週間後の8月22日には装具が外れた。

「リハビリは」
装具が取れた時には、腕の重みで肩が引っ張られるような痛みがあるとも言われていたが、それも殆どなかった。
術後2週間後から「等尺運動」と言う上腕の筋肉を鍛える運動が始まり、その2日後から魔の滑車運動が始まった。しかし、大変かと思いきや、そうでもなく、適度な痛みの中を順調にこなした。我輩の場合、多分、症状が軽かったせいもあるのだろうと思う。
一般には、装具が外れてから10日〜2週間のリハビリ後に退院と言われていたが、通院が可能であり10日を待たずして退院をした。

「退院時の状態」
車の運転もでき、当然パソコンのキーボードをたたけ、重い物を持たなければ普通通りの生活は可能。
ただ、手術した腕は利き腕で、無意識のうちに使おうとするのを押さえるのに苦労をする。

「膝のリハビリ」
2年前に半月板損傷手術をし、以前から調子の悪い右膝も診てもらったが、「特に膝は悪くない。膝の関節が柔らかいために異痛を感ずるのでは?逆に膝の動きを安定させるために筋力を鍛えた方が良い」との診断であった。そんな訳もあり、筋トレのリハビリと1ヶ月の入院期間中に150〜160kmのウォーキングをした。

「入院生活について」
やはり入院をしたら、昨年、新庄の病院に入院した時の事を思い出した。
この入院は、昨年5月8日、新庄から酒田へ向かう最上川沿いの国道47号線上での転倒事故で鎖骨と肋骨骨折をしたことによるものであるが、異郷の地で入院したこの10日間のことは一生忘れないだろう。

「おい 起きろ」「飯だど 食え」「○○けろ」「○○にゃ」・・・・等。患者を患者とも思わないような、こんなひどい看護師さんの言葉が普通の会話で、最初はあっけに取られて聞いていたが、その言葉の中には親しみがこもっており、段々にほほえましく思えるようになってきた。
私に対する看護師さんの言葉は標準語を交えて山形弁でコミュニケーションを取ることはできたのだが、周りの患者さんの言葉は分からず。問いかけに、何度も聞き直すのは失礼だし、空返事もいけないし、苦労をしたのを思い出す。
この新庄病院で受けた親切、その前に山形県に入ってから接した地元の方々の親切、そして、人間味豊かな山形弁、純朴な山形の人達の人柄、ほんの数日間の滞在であったが山形のことが好きになった。

振り返ってみて、今回入院した札幌の病院もまんざらではない。
患者は北海道全道から集まっておりみんな道産子。わが部屋の住人は、瀬棚、栗山、札幌(8月18日時点)からの人、向側の住人には稚内、函館、静内の人がいた。看護師さんも札幌以外から来た人も多い。
そんな事もあるのか、病院内では患者同士挨拶を交わし、中中住み心地が良かった。
特別なこととして。
わが病室は当然男4人部屋。その向え側が女4人部屋で、差額を払わない一般病室。夏であっても冷房の入らない札幌では入り口のドアは開けっぱなしで、互いの部屋の中は一目瞭然。そんなこともあってか、部屋同士の付き合いが出来てしまった。相互に差し入れ。ある時などは廊下に丸椅子を並べ井戸端会議。
連日30度を超す猛暑に耐えたこと以外は、楽しい入院生活でした。
14:29 | 怪我と入院 | comments(2) | -
入院
明日、7月30日から1ヵ月程入院する。
昨年の自転車旅行で痛めた肩鍵盤の手術をするためで、リハビリの期間を含めると自転車に安心して乗れるようになるのは10月も終わりの頃、殆どシーズンも終わりかも知れない。
今日は入院間に読む本をいっぱい集めてきた。
普段出来ないことが出来るので楽しみでもある。
19:21 | 怪我と入院 | comments(6) | -
退社と入院
今日、会社を辞めた。
この会社、昨年55歳まで勤めていた職場を定年となり、日本一周にチャレンジした後に入社した会社で、何故か私には不向きと思われる営業の仕事。
入社後も夢の続きを追い求めていたが、営利を求める企業の一員、そんな夢も、業績を上げないことには不可能なことで、やはり二兎を追うことは難しい様であった。

退社の理由には色々有るが、自転車日本一周中の転倒事故により右肩の腱板を損傷しており、主治医から手術をしなければ治らないと言われていた。いずれ直さなければならないのなら早いほうがいい。このことと業績不振が最大の理由で、退社し入院する決心をした。
入院は7月30日、手術は8月1日の予定、退院までに1ヶ月程かかるそうである。

幸い退院後の就職先も、昨日内定したので路頭に迷うことはなさそうである。

しかし、退院後の再就職により、今まで描いていた再チャレンジの構想はチャラになりそうで、休日等を利用したサイクリングにならざるを得ない。
先日、80歳の方が日本一周にチャレンジし、ゴール直前に事故に遭い亡くなられたと言う記事があった。痛ましく無念な事故であるが、やろうと言う強い意志があれば年齢なんて関係がないのだと言うことを痛感させられた。また、ニュースにはならないが、多くの方々が色々なことにチャレンジをしているのだろうと思う。そんなことを考えたら、私はまだ56歳、再チャレンジの機会はまだまだある。しばらくは仕事中心の生活でもいいのではと言う結論に達した。
それでも、今やっている小刻みな走行は行う。また、趣味としての自転車、山登り、スキー等は継続し、何時でも再チャレンジが出来るように備えたいと思う。

入院までに約2週間強の日数がある。この間を利用しない手はない。

「ツーリング仕様に変更」




17:42 | 怪我と入院 | comments(2) | -
車の運転
先週から少しづつ車の運転をやっているが、もう何とかなりそう。

明日の仕事から車を運転しようと、今日は少し距離を伸ばし、家から30分程走った所にある温泉に行ってきた。
まだ、右手でハンドルを切ることは出来ないが(いざとなったら切ることは出来ると思う。)、色々な道路を走り、不自由なく運転が出来る事を確認した。
これで、行動範囲が広くなり、暑さからも大分解消される。

この連休で骨が大分くっついた様に感ずる。この分で行くと、後2週間程で自転車にも乗れるのでは?

段々と楽しい気分になってきた。
19:55 | 怪我と入院 | comments(0) | -
怪我から約2ヶ月
今日は、2週間ぶりの定期通院日
(診察結果)
レントゲン写真を見ながら「骨の下部から少しスジのようなものが見えるでしょう。骨がくっつき始めている所です。骨が固定されるまでには、後1ヶ月程度かかります。」
「徐々に、腕を上げるリハビリをすること。次は1ヶ月後に来て下さい。」でした。


18:06 | 怪我と入院 | comments(3) | -
怪我から7週間目
今日(6月26日)、病院へ診察を受けに行ってくる。

診断結果
「う〜ん、まだ、くっついていないな。」
「引き続き、上体を屈め、腕を前に出す練習を朝、昼、晩、行うこと。」
「2週間後に、また来て下さい。」
でした。

やはり、骨がつくまでに約3ヶ月と言うのは本当のようだ。

あまり芳しくない膝の方は「特に、はれ等が無いようなので、散歩はやって差し支えない。無理をして、階段を上がるのはやめた方が良い。」、本当に悪ければ「手術をした病院で診断を受けた方がいい。」ような言い方。


17:31 | 怪我と入院 | comments(0) | -
怪我から5週間目
(鎖骨骨折の診断結果)
○レントゲンの画像から:骨折した部位はかなり整形されている。
「個人的感想:固定用のバンドを装着し胸を反らせるだけで、この様に整形される人間の回復能力は驚異だ。」
○今後の処置:少しづつ腕を上げるリハビリの開始、2週間後の通院

(1年前に手術した半月板損傷の診断結果)
○レントゲン画像から:靭帯が少し弱っている?
○今後の処置:骨折からの回復を優先、スクワット等の筋トレ有効 

今までの安静から、肩を少しづつ動かすように指示されたのは順調な回復の証拠であり安心した。

16:46 | 怪我と入院 | comments(0) | -
怪我から3週間目
今日の診断結果
レントゲンのフィルムを見ると、先週より骨が揃ってきている。
(ちなみに、先週までは鎖骨が完全にずれていた。)
チョット安心をした。

医師に質問
「骨がつき始めるのはいつ頃からか?」
「2ヶ月後くらいから。」

「すこし腕を動かしてもいいか?」
「字を書く位ならいい。」

いずれにしても、
後1ヶ月は、無理できなさそう。
7月からの就職は大丈夫のよう。

昨日から、旅の記録の写真を整理し出した。
右肘をスムーズにあ上げられず、PCのキーボードを打つのに悪戦苦闘をしている。とりあえず、3月の記事の写真を入れ替えた。

(当面の目標)
〇今週末あたりから、体の動かせれる部位を動かしリハビリを始める。そして、できるだけ早期に元の体力に回復する。
〇就職の準備をする。

妻よ、しばらくの間お世話になります。

感 謝

早く回復をしなければ。




20:19 | 怪我と入院 | comments(0) | -
嘆きの言葉
午前中は病院で診察
結果は「自宅療養、一週間後に来て下さい。」

午後から妻は仕事で、一人寂しく。

いつもなら、快適な一人の世界なのだが。
時間はいくらでもある。利き腕が使えずやれることが限られている。病人がこれ程につらいとは・・・・。

退院祝いのメッセージ有り難うございました。
18:57 | 怪我と入院 | comments(4) | -